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お酒に弱い宮地さんとお迎えにくる緑間さんのお話

01 25 *2014 | text

お酒に弱い宮地さんと、危機感が抜け落ちているけどちょっとだけましになってきた緑間♀さんのお話です。
緑間くんが女体化していますのでご注意ください。
お久しぶりの宮緑です~!前のシリーズを一旦区切ったので、新しく年齢を重ねた二人を書いてみることにしました。また細々と続けて行けたらと思うので、お付き合いいただけると幸いです。しかし最初から収拾がついていない感じが何とも。あとモブさんちょい多め。
お酒ネタは!鉄板!



続き


 寒い寒い冬のさなかに食べる鍋は、どうしてかくも人の心を魅了するのだろう。更にビールや日本酒の一つでもあれば、充足感は筆舌に尽くし難い。
 その日、打ち上げで宮地清志は同じ研究室に所属する面子と一緒に鍋を囲んでいた。安くて旨いと評判の大衆居酒屋で、男女合わせて14人。互いに共同研究の苦労を称えながら、次々と運ばれてくる食べ物に舌鼓を打った。
 ぐつぐつと煮立つ鍋は、疲れた身体を芯から存分に暖めてくれる。そして成人済みのメンバーたちが羽目を外さないわけがない。乾杯からこっち次から次へと酒が注文され、いい感じにほろ酔いになった大学生たちは、顔をほんのり朱に染めながら和気藹々と会話に興じている。
 大学生のお財布に優しい、飲み放題付きのお安いプランで幹事が選んだのはチゲ鍋。真っ赤な色をしたスープに、辛党後輩の姿が脳裏を過って、宮地は思わず眉を顰めた。
 酒を楽しく飲んでいる連中を尻目に、宮地はウーロン茶をちびちび飲みつつ、ひたすら鍋を突っついていた。素面は数人いたが、最初の一杯以降男子で飲んでいないのは宮地だけだ。
 酒が飲めないわけではない。ビールやチューハイなど度数の軽い酒数杯程度なら、意識を無くすことなく普通に飲める。
 けれども度を越えて飲んで、酩酊してしまったらどうなってしまうのか、宮地は記憶にない。まさしく記憶が飛んだのだ。
 それを知るのは、宮地が唯一潰れた時に一緒にいた彼女の緑間だけだった。半年ほど前、調子にのって強めの酒を飲んであえなく撃沈した次の日、緑間が酷くしどろもどろになりながら、人前であまり酒を飲みすぎるのは控えて欲しいと懇願してきたのだ。あの緑間が、である。単純に寝落ちしたという展開ではないのは明白だった。一体何をやらかしてしまったというのか。恐々とする宮地に、それでも緑間は最後まで頑として口を割ってはくれなかった。
 果たして、宮地は己の酒量の限界が比較的低く、酒癖があまり宜しくないのだろうということだけを把握するのみだった。
 以来、宮地は飲酒を慎んでいる。成人してからこれといって酒の席も多くなく、飲んだとしても宅飲みが殆どだ。宮地が控えていることを理解してくれる人たちに恵まれて、のらりくらりとかわしながら、醜態を晒すことなくここまできている。
 しかしそこは体育会系根性を叩き込まれた宮地だ。弱かろうが飲めなかろうが、飲まねばならない時も往々にしてあることは重々承知している。
「あれ、宮地飲まねーの?」
 目敏く宮地がウーロン茶を飲んでいることに気づいた同級生が、肩を組んで絡んできた。酒臭い。酔っ払っているのが一目瞭然で、宮地はちっと舌を打つ。そういえば研究室のメンバーで酒を酌み交わすのは、春先の懇親会以来2回目だ。その懇親会も教授を交えてだったので、自然アルコールは控えめになってしまった。故に宮地が酒を進んで飲まないことを知らぬ者もいるだろう。
「最初の一杯は飲んだだろ。そんなに酒強くねーし、あまり深酒はしないって約束してんだよ」
「誰と」
「彼女」
「うっわ、噂の美人医大生? おい、ここにリア充がいるぞー! 者共であえ!!」
「うっせー酔っ払い、轢くぞ!!」
 演技交じりに喚きながら、同級生が差し出してきたのは酒の入ったグラスで。宮地は口元を引き攣らせた。
「宮地のちょっといいとこ見てみたい!」
「おい、馬鹿。イッキとかマジやめろよな。アル中になったらどうすんだよ!」
「……お前見た目派手なくせに、ほんっと真面目だよな」
 宮地と同級生がぎゃあぎゃあと攻防を繰り広げていると、賑やかにしていたのが注目されたのか、ぞろぞろと周囲に人が集まり始めた。酔っ払いの野次馬など、タチが悪すぎる。
 その中で、一人の先輩が猪口と熱燗の徳利を手に、宮地の元へとやってくる。彼は宮地と同じ体育会系出身の先輩だ。あ、まずい。宮地は慌ててトイレを言い訳に腰を浮かせようとしたが、すかさず同級生に肩をホールドされてしまう。酔っ払いのくせに、こんな時ばかりファインプレイは勘弁してほしい。宮地が唸っている間に、先輩は目の前にどかりと胡坐をかくと、有無を言わせぬいい笑顔を見せた。
「さあ、宮地。オレの酒、飲めるよな?」
「先輩、それパワハラっつーんすよ!」
「いいんだよ! リア充は漏れなく爆発しろ!」
 ぐい、と猪口を押し付けられ、なみなみと日本酒を注がれる。ビールならまだしも、よりにもよって日本酒。嫌いなわけではない。ただ記憶を無くした時のトドメが日本酒だっただけだ。更に、差し出されたのが熱燗というのも宜しくない。アルコールの回りが速く、確実に酔っ払い決定コースだ。しかもこの流れは、一杯飲んだら終わる雰囲気ではない。
「オレ、酒弱いんですって!」
「酒は飲めば飲むほど強くなるから!」
「こんなデカいのが潰れたら、迷惑かけますし!」
「宮地君が潰れても、ちゃんと送ってあげるから大丈夫大丈夫!」
 外からやり取りを見物していた素面組女子数人が、悪ノリしたのか傍迷惑な声をかけてくる。今その支援は必要なかった。どうせアシストしてくれるなら、研究最中にしてほしかった。
「宮地、男らしくねーぞ」
 色々言い訳を試みたものの、理不尽を貫く酔っ払いに通用するはずもなく。明らかに場の空気が、頑なに酒を飲まない宮地を酔わせようというものになっている。抗ったのが逆効果になってしまった。味方はいない。酷く苦々しげな顔で、宮地は歯噛みをする。万事休す。
 宮地は今頃風呂にでも入っているであろう恋人に向けて、内心頭を下げた。
(……緑間、すまん)
 宮地は腹を括って、猪口をぐいっとあおった。


* * *


 飲み会の会場は惨憺たる有様だった。畳の上には死屍累々と、大学生たちが横たわっている。
 その原因の一部を見事生み出した宮地清志はというと、頬を桃色に染めて、上機嫌にあどけない笑みを浮かべ、ウーロン茶を口にしながら壁に寄りかかっていた。まごうことなく酔っ払いだ。
 ――宮地の酔いっぷりは目も当てられなかった。
 日本酒を一合空けた辺りでアルコールが完全に回ったのか、宮地は瞳をふにゃりと蕩けさせた。頬はほんのりと上気し、表情もいたく楽しげに緩んでいる。普段は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな面構えをしていることが多く、言葉遣いも荒いため、どちらかといえば恐い人という印象が先立つ宮地だが、元々童顔ではあるものの端整な顔立ちをしている。恰好いいけど恐い人から、恐いイメージを差し引いてしまったら、もはやただのイケメンだ(但しドルオタの残念要素は除く)。
 こうして出来上がったのは、酔っ払いの可愛い寄りイケメン宮地清志だった。
 宮地の思わぬ変貌に、研究室の大学生たちはごくりと息を飲んだ。総員の意見は、アイコンタクトなどを取らずとも一致した。誰だお前。
 しかも酒で持ち前のツンギレが緩和されたせいなのか、童顔も相俟って宮地の様子は随分と幼く映った。意外に面倒見がよく、しっかり者の宮地だ。アルコールで箍が外れて、素直な部分が現れたのだろう。
 周囲にいた女子が、可愛いとテンション高く黄色い声を上げるのも無理はない。
「なあ、もっと、おさけぇ」
 猪口に酒がなくなったのを確認すると、宮地は拗ねたように唇をちょんと尖らせながら、手近にいた女子のカーディガンをささやかに摘んだ。
 繰り出されたのは、裾引き、上目遣い、首傾げでおねだりと、あざとさ満載のコンボ技。
 見事に打ち抜かれた女子が3人ほど、「ぐうかわ……!」と呟いてその場に倒れ臥した。また、酔った宮地の姿に血迷いかけた酔っ払い男子2人ほどを、比較的意識のしっかりしていた幹事が華麗に沈めることとなった。黒歴史は生まれる前に無事葬られたのだ。合掌。
 酒をねだる宮地には、ラストオーダーで注文しておいたウーロン茶を与えて大人しくさせる。宮地ハザードは一旦落ち着いたものの、もはやしっかり起きているのは既に半分程にまでなっている。時間は21時を過ぎ、先達て飲み放題の時間も終了してしまった。頃合を見て上がる準備をしなければならないのだが、さてこのカオスな状態をどうするかと、幹事が頭を押さえたその時だった。
 テーブルの上で派手に着信音が鳴った。流れてくる音楽は、みゆみゆが先日ソロで出した新曲。言わずと知れたドルオタ宮地のスマホからだった。
 表示された名前は『緑間』。おや、と幹事は目を瞠る。その苗字に聞き覚えがあったからだ。時折、電話をかけている宮地が愛しげに呼ぶ言葉。随分珍しい苗字だったことと、通話中の宮地の表情といったらなかったので記憶に残っていた。――そう、宮地の彼女である。
 逡巡は一瞬だけ。着信が2回コールを告げる間に、幹事は宮地のスマホを手に取った。


* * *


 電話からおよそ30分。時計の長針が3/4の位置へとさしかかろうかという頃、彼女は現れた。
「失礼するのだよ」
 襖をがらりと開けて颯爽と座敷に上がって来たのは、すらりとした長身の少女。倒れ伏していた者達がようやく回復して身を起こし始めた座敷では、突然の来訪者に一斉に目を奪われた。
 それもそのはず。入り口に立っているのは、白皙の美貌の少女だったからだ。ふわりと靡いた珍しい色合いの緑なす髪、意志の強そうな光を帯びた宝石と見まごう程の虹彩、瞬くたびにふわりと跳ねる長く縁取られた睫毛、柔らかなまろみをもった頬、紅を刷いたみたいに赤くふっくらとした唇。彼女を構成する一つ一つのパーツが、芸術品の如く端整で繊細だった。息を呑むほどの美人は、かけている黒いフレームの重めの眼鏡だけが、少しだけ野暮ったい。
「宮地先輩を迎えに来た者ですが」
 ああ、これが宮地の。リア充爆発しろ。一同は内心で声を揃えた。
 皆の想像を遥かに上回った美少女――緑間は、落ち着いた声音とは裏腹に、酷く不機嫌な様子である一点を睨んでいる。緑間の周辺だけ、局地的に温度が下がっているような錯覚をしてしまいそうだった。
「真!」
 しかし凄まれている当の宮地だけは、射抜かれそうなきつい視線をものともせず、ぱあっと顔を輝かせた。ふらふらと些か危なっかしい足取りで、座敷の面々の合間を縫って、緑間の元へと歩み寄っていく。
「宮地先輩……てっきり眠っているのかと思っていたのだよ」
 緑間が眉を顰め呆れ交じりのため息を漏らすが、宮地は全く意に介せず、嬉しげにこくりと首を小さく傾けて相好を崩した。酔っ払っている宮地は表情筋が緩みに緩んでいたが、間違いなく今日見せた表情の中で一番良い笑顔だった。
「しん」
「せ、せんぱ……っ!?」
 甘さを孕んだ声で名を呼んで、徐に宮地はぎゅうと己の広い胸の中に緑間を抱き寄せた。緑間とて女子にしては大柄な方ではあるのだが、それでも宮地の腕にすっぽりと丁度良く納まってしまう。
 目を大きく見開いた緑間は、突然の抱擁に言葉をなくし、ぱくぱくと口をわななかせ動揺しているようだった。頬を真っ赤に染め、眉はハの字に下がっている。さっきまで纏っていたツンとした態度は、あっという間に形を潜めてしまった。
 ややあって公衆の面前だったことに我に返った緑間が、宮地の胸を押したり叩いたり、「離すのだよ!」と身を捩ったりしたものの、全て無駄な足掻きに終わった。
 それどころか、宮地はより一層甘えるみたいに身を緑間へと摺り寄せてくる。比例して、緑間の頬がぶわっと熱を上げる。頭から蒸気でも噴出しそうな勢いだった。
 突如繰り広げられた可愛らしいラブシーンに、ひゅうっと座敷が沸く。
 同時に緑間の背後から、盛大な哄笑が一つ響いた。
「ぶっはははははははは! 何コレどうなってんの!」
 襖と緑間の影にいたため気づかれなかったが、もう一人来客がいたようだ。
「宮地サン、ちーっす!」
「……たかお?」
「はい。可愛い後輩の高尾ちゃんでっす」
 にやにやと人懐っこい笑みを浮かべながら、高尾が襖から座敷の中へと顔を覗かせてひらひらと掌を掲げた。
 ここで予想外のイケメンの登場に、座敷が再びざわついた。
「なんでお前がここにいるんだよ。真はやんねーぞ」
 むっとした様子で、宮地は高尾から引き離すように身を引きつつ、腕の中にいる緑間を益々強く抱き締める。緑間が「宮地先輩苦しいのだよ!」ともがきながら抗議をしているが、宮地の耳には届いてくれなかった。
 滅多に拝むことの出来ない酔っ払い宮地のデレデレ姿が珍しいのか、先ほどから高尾の笑いは止まることを知らない。
「ちょ、宮地サンってばヒデー! オレ、わざわざ真ちゃんと宮地サンのためだけに付いて来たっつーのに!」
「宮地先輩が言ったのだよ、夜道を一人で歩くなと!」
 ぷは、と無理やり胸に押さえつけられた頭をどうにか上げて、緑間は頬を膨らませた。高校時代から、散々宮地に危機感が足りないと口を酸っぱく言われ続けて数年。あまり自分に頓着しない緑間も、漸く危機感の欠如について意識が変わってきたのか、随分とマシになってきている。
 だからといって、宮地以外の男を引き連れて迎えに来る彼女というのは如何なものだろうか。しかも宮地の発言からして、高尾は緑間に好意を抱いているのが見て取れる。すわ三角関係かと思いきや、そこまで切迫した雰囲気は漂っていないので、端からするとどうにも不思議な関係の三人だった。
「たかお、良くくんれんされたげぼくだなあ、お前」
「ぶっはああああああああ!」
 しみじみと呟く宮地の言葉に耐え切れなかった高尾が、傍の柱に額を押し付けて盛大に吹き出した。笑い死にしてもおかしくない程、ひっと引き攣るような呼吸を繰り返し、身体を小刻みに震わせている。柱がなければ、そのまま前のめりに倒れこんでいただろう。抱腹絶倒をまさしく体現していた。二人が到着してからまだ5分程度しか経っていないというのに、賑やかなことこの上ない。
 しかしこのままでは収拾がつかないと判断したのか、緑間がぽんと肩を叩いて宮地を宥めた。
「ほら、先輩いい加減離すのだよ」
「んー」
 緑間に促されて、渋々と宮地は緑間を解放する。緑間がほっと安堵に胸を撫で下ろした。
「高尾、タクシーは?」
「さっき来る途中で呼んでおいたから、そろそろ着くはずだぜ」
「そうか」
「でも宮地サン意外にしっかりしてるから、タクる必要なかったかなー」
「いや、私はコレを連れて電車に乗りたくないのだよ……」
「あっは。ごもっとも」
 至極嫌そうに眉根を寄せる緑間に、高尾は宮地を一瞥して肩を竦めた。電車の中でもこんな調子で甘えられたら、緑間としてはたまったものではないのだろう。高尾からすれば、あの鬼畜なラッキーアイテムを平然と抱えていたり、秀徳高校名物だったチャリアカーに乗り続けただけでも、緑間の世間体に対する価値観は一体どうなっているのだと首を傾げたくもなるのだが、それとこれとは別らしい。
「悪いね、呼び立てちゃって」
 帰りの算段をしている二人に割って、くすくすと単なる笑いとも、苦笑ともつかない声を漏らしながら、幹事がぺこりと頭を下げてくる。緑間は、バツが悪くなって俯いた。
「何というか……お恥ずかしいところをお見せしてすみません……」
「気にしないで。珍しいもの見れたから、こっちとしては楽しかったし。宮地をよろしくお願いします。じゃあな、宮地! 気をつけて帰れよ」
「おー」
「では失礼します。先輩、帰りますよ」
 座敷の一同に向けて会釈をする。別れの挨拶代わりに座敷の面々と手を振り合っている宮地をせっつけば、ん、と宮地が掌を差し出してきた。
「て」
「は?」
「て!」
 ぱちり、と瞳を瞬かせる。緑間は宮地の顔と手へ、何度も視線を行き来させた。
 いつまで経っても望んだ対応をせずきょとんとしている緑間に、焦れた宮地が掌をさらっていく。触れた肌はアルコールのせいか、随分と暖かかった。
「……」
 絡まりあった指を見て、満足げに宮地が顔を綻ばせた。その幸せそうな微笑みに、緑間はぐうの音も出ない。観念したのか、眼鏡のブリッジをかちゃかちゃと忙しなく上げながら、緑間はそっと掌を握り返した。
「先輩、段差があるのでそこ気をつけるのだよ……」
 どこか覚束ない足取りの宮地の手を優しく引いて、緑間が戸惑いがちに歩いていく。宮地は緑間の誘導に大人しく従って、よたよたと後を付いてくる。カルガモの親子か!と高尾は内心突っ込んだ。
 付き合い始めて数年経過しているというのに、何とも初々しく愛らしい光景だ。先を行く高尾は鷹の目を存分に使って、二人の様子を窺いながらこっそり肩を震わせた。
 タイミングよく到着したタクシーに宮地を押し込み、高尾、緑間の順に乗り込む。先に緑間を自宅に送り、高尾が宮地のアパートまで送っていく手はずだ。そのまま高尾は、宮地の部屋に勝手に泊り込む予定になっている。なお、タクシー代は宮地の財布から拝借するつもりだ。これだけ面倒を見てやったのだ。バチは当たるまい。
 宮地はというと、タクシーに乗り込んだところでとうとう力尽きてしまい、窓に頭を預けて小さく寝息を立て始めた。人の気も知らないで、酔っ払いはのん気なものだ。
 疲れたように緑間がはあとため息をついて、身体を前傾気味にして顔を覆った。その隣で、高尾は苦笑するのみである。
「……真ちゃんさぁ」
「言うな」
「まだ何も言ってねーっつの……」
 伊達に3年ちょっとニコイチ扱いされていない。人の機微を、特に緑間のわかりにくい感情を読むのに長けている高尾には、彼女の考えていることなどお見通しである。
 何のかんの言いながらも、宮地にベタ惚れな緑間のことだ。彼女の内にあるのは、宮地が酔っ払って見せる意外でいたいけな一面への悶えと、他の人にその姿を見せるのはもやもやするといった、ささやかな独占欲だろう。2メートル近い男子に向けて、いたいけという表現もないだろうが、惚れた欲目もあるだろう。
 窓の外を流れていく光景は、不夜城の歓楽街。夜も更けようとしているのに、依然多くの人々で賑わい活気を見せている。対向車のライトと差し込んでくる街並みの灯りで、充分に緑間の耳が赤みを帯びていることは丸分かりだった。
「……酔っ払った宮地サン、すっげぇ可愛くなるのな」
「……煩いのだよ」
 核心だけを的確に付いてやれば、緑間が軽く頭をもたげて、黙れと言わんばかりに、高尾を掌の合間から忌々しそうに睨みつけてくる。緑間も、冷静になるには些か時間が必要そうだ。
 ごちそうさまーと、完全に巻き込まれた高尾は、いつものことと深々と座席に身体を埋もれさせた。

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