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緑間君に名前で呼ばれたい高尾君のお話

05 18 *2014 | text

スパコミにて無料配布として配っていたものです。大学生高緑同棲設定のSS。いやにピュアで書いてて物凄く気恥ずかしかったのですがよろしければどうぞ。タイトルきまらなかったのでまんまです(笑)。


続き


 幾重にも変遷してきた二人の関係の中で、未だに変わらないものが一つある。
「高尾」
 そう、緑間の声が柔らかく暖かく響くのが好きだ。緑間の「高尾」という呼び方には色々な意味があって、甘えだったり、憤りだったり、もどかしさだったり、好きの代わりだったり、不器用な緑間の沢山の感情を伝えてくれる。
 だけど、ごめん。もう「高尾」だけじゃ物足りない。




「そろそろ『高尾』を卒業しようぜ、真ちゃん」
「……いきなり、何意味不明なことを言っているのだよ」
 突然、真顔で提案してくる高尾に、緑間は怪訝そうな声を漏らした。
「だーかーらー。『和成』って呼んでよ、オレのこと」
「はぁ?」
 緑間とお付き合いを始めて約三年。同棲を始めて二年弱。友人時代から数えれば早五年。未だ素面で「和成」と名を呼ばれたことなど、指折り数えるだけで足りる。切ない。
 呼び方なんて、その内自然に変化していくものと思っていたのだが、友人としての付き合いが長かったことも影響しているのだろう。「高尾」と呼ぶのが定着しすぎたあまり、緑間は逆に名前で呼ぶという思考に至っていない。
 このままでは下手をすると一生「高尾」呼びだ。冗談ではなく、それが笑えないほどあり得えてしまうのが、緑間真太郎という男だった。
「オレたち、付き合って結構経つじゃん? それなのに真ちゃんてば、全然オレのこと名前で呼んでくんねーんだもん。和成君としては、ちょーっとばかし寂しいわけですよ」
 まあそれなりに前後不覚にして要求すれば、緑間は可愛い声で高尾の名前を呼んでくれるようになるのだけれど。そこに至るまでには、随分と緑間の理性の箍を外してあげなければならないわけで。
 緑間との繋がりは、友人時代から二人でずっと育んでいるものだから、呼び方一つ程度で壊れるものではない。とはいえ、やっぱり恋人から名前で呼んで欲しいという欲求は、高尾にだってある。たかが名前、されど名前だ。
「だから、呼んで? 二人きりの時だけでもいいからさー」
「今更過ぎるのだよ」
「やだー恥ずかしい? もしかして恥ずかしがってるー、真ちゃん?」
「しね!」
 高尾のからかいに、緑間が不愉快そうに眉間に皺を刻んで暴言を吐いた。まあこれは高尾の予想通り。
 ツンデレな緑間のことだ。今の今になって、名前で呼ぶのなんて照れくさいという気持ちが先立ってしまうのだろう。ならば強制するまでだ。
「んじゃ、今から真ちゃんがオレのこと高尾って呼んだら、お仕置きな!」
「は!?」
「お仕置きとして、ちゅーすっからな!」
「そんなのいつでもして……いや、何を勝手に決めているのだよ!?」
「ええー。だってこうでもしないと、真ちゃん名前で呼んでくんねーじゃん」
 ぶーと唇を尖らせて拗ねると、緑間は不服そうに腕を組んだ。険しい視線で、高尾のことをじっと見つめてくる。そこはかとない威圧感を感じるが、高尾は手慣れた様子でへらりと笑っていなす。
 高尾としては、どちらに転んでもいいのだ。これで緑間が名前を呼んでくれるようになれば上々。呼んでくれなくても、それを口実に緑間にキスできる。駆け引きにもならない、勝手な駆け引き。
「別に、今のままで不便はなかろう」
「不便とか、そういう問題じゃねーのよ。もっともっと真ちゃんと仲良くなりてーっつー男心、わかんないかなぁ」
「だからといって、お仕置きとは強引すぎるのだよ、高尾!」
「はい、アウトー!」
 いつもの調子で苗字を呼んでしまった緑間に、高尾は遠慮なくキスを仕掛ける。とりあえず高尾の本気を伝えるために、手加減なしで唇に噛み付いた。
 濃厚なキスをお見舞いしてやれば、やがて腰が砕けてへにょへにょになった緑間は、ずるりとラグの上にへたり込んでしまう。小刻みに肩を揺らして熱く零れる息を整えながら、涙目でぎっと高尾を睨んで来る。ズレた眼鏡が乱れ具合を露わにしているみたいで、凄くそそる。
 ぺろりと零れた唾液を舌で舐め取って、高尾は嫣然と目を細めた。
「人事尽くそうぜー真ちゃん。な、お願い?」
 一方的な押し付けだけれども、人事に弱くて意外に律儀で高尾に甘い緑間は、おねだりすればきっと乗ってくれる。駄目? と上目遣いで訴えれば、案の定緑間はぐっと言葉を詰まらせた。あざといと言われようが、使えるものは何でも使うのが高尾の主義である。
 ややあって、観念したのか眼鏡の位置を直しながら、緑間は呆れ混じりにため息をついた。
「全く……」
「ほらー早く早く」
「うるせーのだよ!」
 恥ずかしがり屋の緑間のことだ。きっと、高尾の名前を呼ぶのを躊躇うだろう。言葉を詰まらせ、目を忙しなく泳がせて、頬を上気させながら「か、かず……くっ、言えないのだよ! バカ!」などと、可愛く逆切れなんかしてしまったり。
 ……そんな風に、緑間が一体どんな反応を見せてくれるのかと、脳内で一人楽しく妄想に励んでいると。


「和成」


「へ?」
 緑間は高尾を貫くように真っ直ぐと翡翠の瞳を向けて、甘やかに高尾の名前を紡いだ。
「だから、和成」
(う、わ……)
 緑間からは、一切恥じらいは見えない。けれども無意識なのだろうか。微かにだが、双眸が穏やかに細められた。緑間の声音がとても優しくて、耳にくすぐったい。ゆっくりと低く響くトーン。その一音一音に、緑間からの愛おしさのようなものが伝わってくる。
 切羽詰った、互いに熱に浮かされている情事の最中に呼ばれる感覚とはまた違う。
 高尾の頬が一瞬にして紅潮する。心臓がきゅんきゅん高鳴った。打ち抜かれたとは、まさにこういうことを言うのだろうか。
「ちょ、ちょっと待って真ちゃん!」
「何だ?」
 真っ赤に染まった顔を掌で覆ってがっくりと項垂れる高尾に、緑間は小首を傾げた。
「……すげー恥ずかしいんですけどこれ」
「おい、お前がやれとせがんだのだよ!」
「そうだけどさあああ!」
 まさか全然照れることもなく、直球で漢らしく名前を呼んでくれるだなんて想定外だったのだ。逆にこっちが恥ずかしすぎてたまらない。
 いつもなら、何かとツンデレが混じって顔を赤くしているくせに。高尾の予想した、羞恥心にまみれて名前を呼べない緑間はどこにいった! と、現実と妄想のギャップに、高尾は内心で絶叫した。
「名前くらいで、何を照れているのだよ、和成。お前らしくないな、和成。普段の威勢はどこにいったのだよ、和成」
「真ちゃん、ワザと呼んで楽しんでるでしょー!?」
 名前を呼ばれる度に動揺して慌てふためく高尾に、緑間はしてやったりと唇をにやりと歪ませた。普段高尾にからかわれてばかりなので、逆に弄れる稀有な機会を逃す手はないのだろう。
「真ちゃんが、オレの純情を弄ぶのだよ……!」
「バカか。それより、名前で呼ばなかった時のお仕置きというのは、もちろんお前にも適用されるのだろうな?」
「はい?」
 高尾がきょとんと目を瞬かせると、緑間が触れるだけの口付けを寄越してきた。先ほど散々堪能した、ふにゃりと柔らかい感触が再び押し当てられ、濡れた音を立ててすぐに離れた。びっくりして大きく見開いた高尾の虹彩には、拗ねたように唇をへの字に曲げた後、ふいと視線を逸らす緑間の姿が映った。
 よもやこんな可愛らしい反撃を食らうとは露とも思わず、高尾はあっけにとられて己の唇をなぞった。さっきから緑間にやられてばかりだ。
 真ちゃんからの貴重なちゅー! とおおわらわでいると、緑間は不満げな声で呟いた。
「真太郎、だ」
「え?」
「だから! ……お前も『真ちゃん』などという子供じみた呼び方は、いい加減卒業するのだよ」
 なるほど。自分だけ名前で呼ばせるのは、割に合わないということか。高尾は苦笑する。
「……オレ、真ちゃんって呼び方、すげー好きなんだけど。オレだけの特別っぽくて」
「お前だけ逃げるのはズルいのだよ。それに……二人きりの時だけ、なのだろう」
「うん、そうだったわ。じゃあ……真太郎」
 とびきりの愛しさを込めて、緑間の名前を呼ぶ。すると緑間は、一瞬固まった後、口元に手を当てて緩やかに顔を朱に染めていき、目を伏せ、落ち着かなげにそわそわし始めた。
「……名前を呼ぶより、呼ばれる方が何だか恥ずかしいのだよ!?」
「でっしょー!?」
 徐々に込み上げてくるのは、おもはゆさ。全くいい歳をして、お互い何をしているのだか。高尾と緑間は、お互い呆れたように顔を見合わせ小さく吹き出すのだった。



「はっ!! でも真太郎がちゅーしてくれるんなら、『真ちゃん』って呼び続けるのもいいかもしんない!!」
「ふざけんじゃねーのだよ!」
 高尾の下心満載な閃きは、緑間から頭頂部へと放たれたチョップと共にあっさりと却下された。

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