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秀徳高校バスケ部エース様のエクストリームオリエンテーリング

07 07 *2014 | text

DCR3にて無料配布していた緑間君おたおめ小説です。表紙のタイトル間違えるというアレなことやらかしてました。今回エクストリーム要素が全くありませんし、ギャグ要素なし、高緑要素も相変わらず薄いです。中だるみも酷いかもです、色々とgdgdしていてすみません。作中のウォーターファイトはどこかのタイミングで改めて書きたいです…!

ちょっとした、高尾さんからのなぞなぞ?のお話。高校3年生設定です。

緑間君お誕生日おめでとう!!!!!!!!!!!!!!!



続き



 七月七日。七夕であり、緑間真太郎の誕生日。
 おは朝の順位は三位とまずまず。ラッキーアイテムは電池式LEDライト。停電時に使えるようにと母が購入したものを借り受けた。
 しかしその日の朝、高尾は緑間を迎えに来なかった。
 急に迎えに行けないと連絡があり、何事かと首を捻ったものである。チャリアカーでの登校は電車よりも時間がかかるため通学時間的に問題はなかったが、記念日や行事の時には決まって煩いくらい纏わりついてくるのにどうしたというのだろうか。
 今朝の高尾はどこかおかしかった。
 部長になってからというもの根が生真面目な高尾は、いつだって練習開始の十五分前には体育館にいて、部員に声をかけている。それなのに今日に限って参加が一番最後、遅刻寸前だった。
 更に朝練の後も、授業が始まる間際だというのにしきりに緑間へ先に行くように促すのである。毎朝一緒に教室へ向かっているのに変な高尾だ。結局、高尾は本鈴と同時へと教室に滑り込んできた。
 高尾がおかしな理由は、一時限目と二時限目の休み時間に判明した。
「しーんちゃん! 誕生日おっめでとう!」
「……それは朝練の時にも聞いたが」
 因みに昨夜、日付が変わった瞬間にメールでも言われた。緑間が怪訝な面持ちで返せば、高尾は食えない笑みを浮かべ、じゃーんという効果音と共に白い封筒を取り出した。
「いいのいいの! 何度言ってもおめでとうはおめでとうなの! これ、オレからの誕プレな」
「……ありがとうなのだよ。開けてみてもいいのか?」
「寧ろすぐに開けて? 時間ねーし」
「……時間?」
 にやにやと愉しそうに高尾は唇を歪めている。こういう時の高尾は、決まって何かを企んでいる。緑間は眉を顰めた。
 封筒は封緘シールをはがすと直ぐに開封できた。中に入っていたのは一枚の便箋。それを開いてさっと内容に目を通し、緑間はぽかんと顔を上げた。
「おい」
「はい?」
「……何なのだよ、これは」
 高尾に便箋を突きつける。紙面に書いてあったのはたったの二行だけ。

『一番最初。
 いつもオレらが使ってる場所!』

 一体何のことやら。
 高尾は頬杖を付きながら、橙色した鋭い虹彩を愛嬌良く細めた。悪戯が成功した子供みたいに、酷く浮かれた様子が窺える。
「いやー、ただ誕生日プレゼントあげるだけじゃ面白くないかなーって、高尾ちゃん的に趣向を凝らしてみました☆」
「そんな趣向いらねーのだよ」
「ぶっは、ひっでぇ。オレの愛受け取って! なーなー、難しくねーから、ちょっと考えてみてよ」
「お前の愛だけは返品する」
「真ちゃんってばつれなーい!! でもそんなところが好きっ!」
 騒いでいる高尾と緑間に、クラスメイトたちが好奇の視線を寄越してくる。またあいつらか、また高尾と緑間がホモってるぞ。そんな空気がひしひしと伝わってくる。居心地が悪い。あとまだホモじゃない。
 緑間はそっと嘆息した。がた、と小さく椅子を鳴らして立ち上がる。
「……仕方ない、付き合ってやるのだよ」
 教室の雰囲気に耐えかねたという本音は、緑間の胸の内に秘められた。
「そう言ってくれると思ったぜ。真ちゃん大好き♡」
「はぁ……とっとと部室の鍵を寄越すのだよ。お前が持っているのだろう?」
「はーい」
 『オレらがいつも使っている場所』は、基本的に三ヵ所だ。教室か、部室か、体育館。その中で、今朝高尾が頑なに残りたがっていたことから、緑間は部室だと当たりをつけた。
 直ぐに緑間が看過すると予測していたのか、高尾はあっさりと緑間の掌の上に部室の鍵を落とした。
 高尾はいってらっしゃーいと手をひらひら振ってくる。呑気なことだ。緑間は小さく舌打ちをして、大股で教室を出た。休み時間は残り少ない。行って帰って来るだけでギリギリか。
 気持ち足早に廊下を歩く。
 緑間が険しい形相のまま無言でずんずんと先を行くからだろう。すれ違う生徒たちはどこかおっかない緑間に圧倒され、不審げな様子で彼を見送った。


 鍵を使い、部室の中に足を踏み入れる。部室はつい先ほどまでの熱気も薄れ、しんと静まり返っている。微かに残る制汗剤の臭いが鼻を突いた。
 さてここに何を仕掛けたというのか。緑間は周辺を見回す。しかし目ぼしい変化は見受けられない。ならばと徐に自分のロッカーを開いた。
「……あいつめ」
 緑間のロッカーの奥には、高尾が勝手に設置したホワイトボードがある。そのホワイトボードには、朝練終了時にはなかったメッセージと高尾の似顔絵が記入されていた。ついでにボード周りに飾りがついている。芸が細かい。
『真ちゃん、誕生日おめでとう♡ オレからのプレゼント、楽しんでね。チェックポイントは全部で十二ヵ所でっす。目指せ、部活までにクリアなのだよ!』
 ロッカー奥から手前側へと視線を移せば、再び白い封筒があるのが目に入った。
 緑間は封筒を手に、取るものも取りあえず部室を出た。今し方予鈴が鳴り終わったところだ。引き返さないと確実に授業に遅刻する。のんびりしている暇はなかった。
 肩で風を切りながら、緑間は移動中に二つ目の封筒を開封した。
「……写真?」
 中には数枚の写真と便箋がセットになって入っていた。写真を眺めれば、一年、二年の夏合宿の光景が写し取られている。今尚こまめに体育館へと顔を出してくれる先輩たちの姿が、懐かしく焼きついていた。
 何故こんなものが封筒に収められているのか。全く高尾の意図が読めない。
 緑間は戸惑いながらも便箋を開く。そこにはまたしても、ちょっとしたなぞなぞめいた一文が書かれていた。
『一生懸命話しかけてんのに、お前は本ばっかり読んでたよな』
「だからどういうことなのだよ」
 思わずぐしゃりと便箋を握りつぶしそうになって、慌てて力を緩める。腹積もりはわからずとも、高尾のくれた誕生日プレゼントだ。緑間は皺の寄った便箋を丁寧に伸ばして、封筒に戻した。
 どうにか本鈴のチャイムギリギリに教室に帰ってこれた。高尾は緑間を認めると、掌を掲げた。
「おっかえりー」
「高尾、貴様何を考えている?」
「えー? 真ちゃんへの誕生日プレゼント、何をあげたら喜んでくれるかなーってことだけだよ」
 高尾は相も変わらず一筋縄ではいかない笑みを浮かべた。


* * *


「……十二ヵ所と書いてあったが、さすがにシビアなのだよ」
「いやいや、真ちゃんならできるって」
「一年時の教室にまで仕込んで、いい衆目の的だったのだよ」
「ぶっは!! あのねー、お前の存在自体がもはや秀徳で有名人なの、いい加減理解しろよ。この期に及んでちょっとくらい変なことしたって、誰も気にしてねーっつの!」
 高尾はゲラゲラと腹を抱えたが、緑間としてはたまったものではない。
 二つ目のなぞなぞが示していたのは一年時の教室だった。最初のなぞなぞと照らし合わせると、どうやら記載された文章から連想される場所に向かうのが趣旨だと窺えた。
 緑間が高尾をすげなくあしらっていたのは、入学したての頃。めげずに煩く何度も話しかけてくる高尾を完全無視して、緑間は文庫本を読んでいた。今も似たようなスタイルを取っているが、きちんと高尾の話に耳を傾けていることくらい彼も知っている。
 そんなわけで、次の休み時間に一年生の教室に赴いた。三年生の、しかも全校で知らぬ者などいない緑間がこんなところに何用かと、物珍しそうな視線で見られたのがどことなくいたたまれない。珍獣か。幸いにも一年部員が在籍するクラスだったので、後輩に協力してもらい事なきを得た。
 最初は緑間の定位置となっていた机――窓際の一番最後の席――にあるかと思いきや、流石にもう別の人間が利用している席に仕込むことははばかられたのだろう。封筒が発見されたのは教卓の中だった。……しかも何故かおしるこ付きで。
「このおしるこは何なのだよ」
「んー? プレゼントの一環?」
 確かにおしるこをもらえるなら嬉しいに越したことはないが、唐突過ぎやしないか。しかも部室にはなかったではないか。ランダムだとでもいうのだろうか。腑に落ちないまま、緑間は折角だしとカチンとプルトップを起こす。常温のおしるこを啜りつつ、手に入れた三つ目の封筒を開いた。
 封筒の中には、やはり数枚の写真と便箋。今度は一年生の時、クラスメイトたちと撮った何気ない日常のスナップショットだった。文化祭、体育祭を中心としていて、どこか少し懐かしい。クラスのみんなとぎこちない距離だった緑間を、強引に高尾が輪に引き込んだ頃だ。
 そして便箋には、『オレがオーバーフローした時、いつも付き添ってくれたよな』と書かれていた。
「……もはや、なぞなぞでも何でもないな。突貫工事か?」
「ほっとけ! 浮かばなかったんだよ!!」
 意趣返し的に高尾の出題を突っ込んでみれば、高尾はむうっと唇を尖らせ不貞腐れた。
 三時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、十分の休み時間が始まる。同時に緑間は席を立った。向かうは校舎の一番奥にある保健室だ。
「失礼します」
 ノックをしてから入室する。養護教諭は机に向かって書類をしたためていたのだが、緑間に気付いてにこりと目を細めた。保健室にはバスケ部も相当お世話になっている。先生とはそれなりに長いお付き合いだ。
「来た来た。待っていたのよ、緑間君」
「……先生、高尾が何かを置いていきませんでしたか?」
「預かってるわよ。来たら渡してって言われていたの。はい、どうぞ」
「すみません、高尾がご迷惑を」
「このくらいどうってことないわ。それに君たちがお騒がせコンビなのは、今に始まったことじゃないんだから」
 くすくすと忍び笑われて、緑間は思わず渋面を作った。別に騒がせているつもりは毛頭ないのだが、賑やかに彩られた噂は教師陣にも流布しており、たまにこうやってからかわれたりする。好意的に見てくれるのは救いだった。
 養護教諭が机から取り出し緑間にくれたのは、またもや封筒とおしるこのセットだった。
 このとき緑間は思った。『またお汁粉オチか……!?』と。
「ねぇ、そこには何が入ってるの?」
「写真と、どうやら次に行く場所を指定したなぞなぞじみた文章です」
 養護教諭も、高尾が一体何を託したのかと興味を引かれたのだろう。緑間に尋ねてきたので素直に応えた。預かってもらった手前もあるし、別に隠す程の中身ではなかったのでその場で開封して見せる。
 写真は、ハードな練習でへばっているバスケ部員が写っていた。もしかして保健室にちなんだつもりなのかもしれない。倒れ付していても、カメラを向けられればポーズやらピースやらを返しているのだから、まだまだしごいても大丈夫だろう。監督に上奏せねば。
 一方、便箋には簡潔に一言だけ。『物体X』とあった。
「物体X……」
「なーに、校内でオリエンテーリング? 随分楽しそうなことしてるわね」
「オリエンテーリングですか」
 なるほど。どこか懐かしいような気持ちにかられたのはそのせいか。オリエンテーリングなど小学生の時に一度参加した程度だ。本来は地図とコンパスを使い野山で行う競技だが、レクリエーション的な要素の方が知られている。
「全く、何をやらせたいのか、高尾は……」
「ここまでするんだもの、高尾君なりの思惑があるんでしょうね。自分のことのように『今日、真ちゃんの誕生日なんっすよー』って嬉しそうに言っていたもの。緑間君、誕生日なのね。おめでとう」
「はぁ……ありがとうございます」
 顔から火が出そうだった。何を吹聴しているのだあの男は。
 恥ずかしくなった緑間は、挨拶もそこそこに保健室を辞した。
 次の指定場所もすぐにわかった。わからないわけがない。
 まだ微妙に時間もあったので、緑間はその足で職員室を訪れた。
 入り口寄りの席で授業の準備を行っていた中谷を捕まえる。中谷は準備の手を止め、椅子をくるりと半転させ緑間へと身体を向けた。
「おお、緑間」
「お忙しいところすみません、先生。鍵をお借りしたいのですが」
「鍵とは?」
 はてととぼける中谷に、緑間は呆れ気味に息を付いた。
「高尾の企みに協力したのは先生でしょう?」
「どうしてそう思ったのかね?」
 どこか高尾に面差しが似ているこの監督も、なかなかに食えない人物だ。
「特別教室にまで何かを仕込むためには鍵が必要になります。授業でもないのに、理由もなく鍵は貸与されません。先生ならバスケ部恒例の行事も知っていますし、頼みやすいでしょう?」
「いやあ、緑間は高尾に好かれているねぇ」
「……先生がそれを言わないで下さい」
「愛されてると言わなかっただけ察していると思って欲しいかな」
 ふう、と肩を竦めて、中谷は椅子の背もたれにどかりと身を預けた。飄々とした笑顔で緑間を仰ぐ。
「それで、どこの鍵をご所望だい? まぁこれから授業で利用する教室の鍵は貸せないがね」
「家庭科室の鍵を」
「ほら、持っておいき」
 中谷は立ち上がり、傍に設えられているキーボックスの中から鍵を持ってくると緑間の掌に落とした。ちゃり、と金属が重なる音が小さく響く。
「ありがとうございます。昼休み中にお返しにあがります」
「うんうん、頼むよ。そろそろ授業だ。戻りなさい」
「はい。失礼します」
 職員室も本鈴直前ということで、俄かにざわつきが増している。緑間はぺこりと中谷に頭を下げてから職員室を退室した。
 教室に戻ると、緑間にはあちこち足を伸ばさせておきながら、高尾はのうのうと自分の机に伏して惰眠を貪っていた。ついついイラっときて、頭頂部にチョップを食らわせる。高尾は衝撃にガタガタと机を揺らして目覚めた。
「うお!?」
「起きろ、授業が始まる」
「ビビったー、真ちゃんか!」
「あと職員室にいちいち鍵を借りに行くのが面倒なのだよ」
「あっは。そこは色々な事情があるんだってば。許してよぉ」
 睡眠不足なのか、高尾はまだ眠気の残る目をこすって、大きく背伸びをした。こんなことを仕込んでいたのだ。朝迎えに来なかったのは、もしかすると下準備のためか。漸く合点がいった。変なところでマメな男である。
 どことなく胸の奥がくすぐったくなる。別に高尾にそれが伝わるわけでもないのに、どこか気恥ずかしくなった緑間は、眼鏡を押し上げてフンと鼻を鳴らした。
「……お前はアホだな」
「へっ!? 急になんだよ」
「涎、ついているのだよ。みっともない」
「おおお!? マジで!」
 口の端から僅かに零れている涎を、高尾はわたわたと手の甲で拭った。そのどこか愛嬌のある間抜けな姿に、漸く緑間の溜飲が下った。



 昼休み。今日はあまりゆっくり昼食に時間を裂いている暇がない。全て高尾のせいである。とはいえ、弁当は母が誕生日だからと張り切って作ってくれたものだ。感謝の気持ちを込めて、普段より心持ち豪華なオカズを丁寧に咀嚼して頂いた。
 高尾が箸を伸ばして唐揚げをスティールしていったので、お返しとばかりに卵焼きを奪ってやった。二切れ持っていったら、恨みがましげな視線を向けられたが知らん振りだ。
 そそくさと昼ご飯を食べ終え、先ほど中谷から借りた鍵を手に、北校舎一階にある家庭科室へと向かう。
 物体X。緑間が一年時の調理実習で作り上げたものの通称がそれだ。表面は真っ黒に焦げているのに、中は生焼け、何故か毒々しい色をしたスープと、見た目も味もアレというある意味料理下手の誰もが通る料理を練成した。本来のメニューの名前をロールキャベツという。
 緑間の包丁捌きはなってなく、気を抜くと肉と野菜がまさに辺りに飛び交った。単なる調理実習は、クラス全員がサバイバルの様相を呈したという一部で伝説的な授業となった。
 以来、緑間は調理実習の時は皿洗い担当として活躍している。いつかこの状況を打開したいとひそかに心に決めているのだが、結局三年の今になっても包丁を手にさせてもらえない有様だった。閑話休題。
 家庭科室の鍵を回しドアをスライドする。普段そこまで使われている教室ではないが、料理部が週に二度活動をしているからだろうか。ふんわりと仄かにバニラエッセンスの香りが漂っている。
 緑間の目的のものは、中央の机の上に鎮座していた。
「……またおしるこなのだよ」
 封筒とおしるこのセットはこれで三度目だ。
 オレにはおしるこを与えておけばいいとでも思っているんじゃなかろうな。緑間は眉間に皺を寄せた。しかし全くもってその通りであることは否めなかった。
 次の場所が鍵を必要としないところだといいのだが。移動効率を考えながら封筒を開封する。収められていた写真は、調理実習当時の写真だった。いつの間にこんな写真を撮っていたのだ。高尾、侮れないやつめ。緑間は苦い思い出に唇を引き攣らせた。
 しかしどこか懐かしい気持ちに駆られながら、ぺらりと便箋を開いた。ぴくり、と柳眉が釣り上がる。
『オレとお前が秀徳で初めて会った場所』
 お前は覚えていないかもしれないけれど。そんな高尾の声が聞こえてくるようだった。
 緑間はきっちり家庭科室を施錠して踵を返した。指定場所はそう遠くない。昼休みの時間も限られているので、緑間はポケットに鍵を突っ込む。職員室に鍵を返しに行くのはまだ先のようだ。
 辿り着いたところは、北校舎から目と鼻の先にある渡り廊下。渡り廊下といっても長いので、一体どこに仕込んだのだろう。きょろきょろと周辺を見回す。
 高尾と会話をしたのはどの辺りだったか。もはや忘却の彼方にある記憶を引っ張り出す。あの時は酷く軽薄な男だと、高尾の第一印象はあまりよくなかった。今も軽薄な男には違いない。だが芯の部分は酷く真面目で、一途で、負けず嫌いな奴だと緑間は知っている。
「あった」
 中央の柱の影に隠れて、封筒が一つ。風に飛ばされないよう重石が乗せられてそっと置かれていた。しゃがみ込んで丁寧に石をどけ、封筒を摘み上げる。流石におしるこは見当たらなかった。
 手早く封を開け、中身を確認する。写真は何故か校庭の桜を始めとした校内の季節の植物、校舎、体育館などの風景写真が入っていた。今まで人物のスナップショットばかりだったから、風景写真は意外な感じがした。まるで高尾と一緒に過ごした四季折々の秀徳高校を見せてくれているようだった。
 そして便箋に書かれていたのは、『缶蹴り楽しかったな!』の一文。体育館脇の裏庭ならすぐそこだ。緑間は上履きのまま駆け出した。
 去年の緑間の誕生日前日、何がどうなってそういう話になったのかは忘れてしまったのだが、突如缶蹴りを始めることになった。それがきっかけとなり、スタメンの誕生日にバスケ部全員でレクリエーションをするのが今や恒例となっていている。茹だるような暑さの中、馬鹿みたいにみんなで駆けずり回って遊んだことは、今も尚鮮明に覚えている。まあ緑間は裏庭から殆ど動くことはなかったのだけれど。
 上履きのままで砂を踏みしめる。普段ならきちんと下足に履き替えてくる場所だが、昼休みも残り僅かなことだし、乾いているので今回ばかりは見逃してもらおう。
 裏庭は体育館と北校舎に挟まれている。一体どこだ。差し込む強い日差しを、手を翳して避けながら緑間は注意深く辺りを見回した。開けているので、そうそう隠せる場所もない。体育館のコンクリート製の階段脇か、北校舎下の植え込みか、と当たりをつけて探索すると、植え込みで日陰になっている場所にちょこんと封筒とおしるこが置かれていた。
「おい、こんなところにおしるこを放置するんじゃねーのだよ」
 ただでさえ夏に差し掛かり、日中の気温は高く蒸し暑い。いくら缶で密閉されているとはいえ、飲み物を放置するというのはどういう了見だ。
「全く……」
 ぼやきながら、本日四本目となるおしるこを回収する。小脇に抱えて、まずはと封筒の中身を改めた。
 案の定、写真は今日までに行われたレクリエーションで撮影された写真が入っていた。缶蹴りを始めとして、ドロケイ、鬼ごっこ、バレーボールにポートボールなどなど。バラエティーに富んだゲームをみんなで遊んだ。バスケ部バスケしろと他の部活に揶揄かわれるほど、レクリエーションはすっかりバスケ部名物になっている。
 写真は先ほどまでとは量が桁違いで、封筒いっぱいに詰め込まれていた。よほど絞りきれなかったに違いない。ふ、と緑間の唇に笑みが浮かんだ。
 これでチェックポイントとやらは折り返し地点を通過。流石に緑間も、どことなく高尾のやりたいことの意味を把握し始めてきた。
「誕生日にやるには早すぎるのだよ、馬鹿め」
 意図がわかれば、ただ作業的に繰り返してきた行為にも少しだけ張り合いが出てくる。癪だから高尾の前では絶対に表に出さないけれども。
 さて次はどこに案内してくれるのか。緑間は便箋を開いた。
『もう一人の相棒!』
 記載されていた文字は、今までで一番難しい謎かけかもしれないと緑間は首を傾げた。高尾とは相棒関係だが、はて、相棒と呼べる存在など他にいただろうか。
 渡り廊下まで戻りながら、緑間は思案する。
 緑間にはそこまで親しくしている人がそもそもそんなにいない。高尾を除くとキセキの世代と、今も交流を続けてくれている先輩方くらいだ。この中に相棒と呼べる存在はいない。
 むむ、と唸っておとがいに指を当てる。前提として、これは『校内オリエンテーリング』で、便箋が指定しているのは『場所』なのだ。そこで、緑間ははっとなった。『一人』と人になぞらえているからいけない。
「確かに相棒なのだよ」
 緑間は昇降口へと駆け出した。下足に履き替え、駐輪場を目指す。
 この二年とちょっと、ずっと緑間と高尾の傍にあった存在だ。まごうことなく緑間と高尾の相棒だった。
 駐輪場に到着すると、存在感溢れる物体がでんと所定の位置にあるのが目に入る。すっかり秀徳高校名物になってしまったチャリアカーだ。リアカーの中央には、今日自分の代わりに乗ってきたのか封筒が置いてあった。
 身を屈めて手を伸ばし拾い上げる。自転車の荷台部分に腰を落として、緑間は封筒を開封した。
 写真はチャリアカーに乗っている緑間と高尾の写真だった。そういえば時折、隙を突かれて撮影されていた記憶はあった。疲れた緑間がリアカーの中で転寝をしている写真など、一体いつの間に撮っていたのだか。しかしこうして見ると、随分チャリアカーもくたびれてしまったのだなとひしひし感じた。
 同封の便箋には『真ちゃんが入り浸っているところ』との記載。
 緑間はポケットから携帯を取り出して時間を確認した。午後の授業が始まるまであと十分ほどだ。どうにか間に合うだろう。
 荷台から腰を上げる。そして自然と労るように自転車とリアカーを撫でやってから、緑間は一路校舎の東棟に足を向けた。
 緑間が入り浸っている場所などといったら図書室しかなかった。何せ緑間は本好きだし、クラスの図書委員である。
 静まり返っている図書室に足を踏み入れる。そろそろ予鈴が鳴る時間のせいか、利用している生徒はもうまばらだった。今日の図書当番に断りをいれてから、保健室の例に倣い司書室へと入る。高尾が本棚に封筒を隠すとは思えなかったし、棚に隠すのであればもう少しヒントを寄越すと踏んだからだった。
 緑間の予想通り、司書の先生は高尾から緑間がきたら渡して欲しいと荷物を預かっていた。しかも図書室に訪れたのが二時限目と三時限目の休み時間だというのだから、緑間が動いている最中にも仕込みを行っていたということか。
 と、そこでとうとう予鈴が鳴る。タイムリミットだ。封筒とこれまたおしるこを引き取って、丁寧に司書の先生に礼を述べ、緑間は図書室を後にした。
 家庭科室の鍵を返すため急いで職員室へと向かいながら、緑間は封を切った。もうこの作業も九回目になる。写真は緑間が本を読んでいたり、クラスのみんなに勉強を教えてあげたり、真面目な雰囲気のスナップが多かった。
 写真には基本的に緑間が写っている。一年から三年までの自分自身を見て、こんなにも穏やかな表情をするようになったのかと、とても驚いた。
 どこか胸がドキドキ高鳴っていくのを誤魔化すみたいに、緑間は便箋を開いて、次の瞬間眉根に皺を刻んだ。
『またセッションしような!』
 ……どうやら再度、中谷から鍵を借りなければならないようだ。



 九つ目の場所は音楽室だった。北校舎二階奥にあるそこの鍵を開けると、部屋の大半を占めるグランドピアノの上に、慎ましやかに手紙とおしるこが置いてあった。
 おしるこのあるなしは一体何なのだろう。場所に関連があるのだろうか。午前中からずっと頭の片隅で引っかかっていることだった。勿論プレゼントの一環として気まぐれに置いた可能性も否定できないが、少なくとも緑間の知る高尾はこういう時に無意味なことはしない人間だ。額面通りに受け取ってはいけない。とりあえず心に留めておく。
 流石に今はピアノを弾いている時間などないが、そのうちまた高尾の歌に伴奏をつけてやってもいい。緑間はそんなことに思いを馳せる。
 いつだったか、緑間がピアノを嗜んでいると知った高尾が、聞かせて欲しいとせがんだのが始まりだ。その流れで音楽の授業の後に高尾もわかる曲をアレンジして弾いてやったところ、テンションの上がった高尾があわせて歌い始めてしまい、居残っていたクラスメイトたち向けに何故かちょっとしたリサイタルをする羽目になったのだ。
 写真は案の定、その時クラスメイトが撮った写真が収められていた。加えて去年の文化祭、バスケ部有史で結成したバンドに無理矢理引きずり込まれ、渋々キーボードを弾いている緑間とヴォーカル高尾の写真もあった。
 つい去年の話なのに、どことなく懐かしさを覚えるのはどうしてだろうか。渋い顔をしている緑間と、そんな緑間と楽しそうに肩を組んでいる高尾の写真を見つめると、やはり心は不思議とざわつく。緑間はしばし写真に見入って、遠くなった過去へと物思いに耽った。
 十個目の指定は『結局三年間一緒だったね』とのことで、まだ訪れていない二年時の教室だ。既に時間は放課後になっている。
「……ほら、回りきれなかったではないか」
 量が多いと緑間が文句を零すと、想定の範囲内だったのか高尾はにやりと笑った。
「いや、ちょっと遅刻してきてくれたほうがいいかも。オレらもレクリエーションの準備があるし。主役は遅れて登場するもんだろ? あと残りいくつよ」
「三ヵ所なのだよ」
「じゃあ三十分で済むな。丁度いいわ。みんなには言っとく」
「……そうか。それで、今日は一体何をするのだよ?」
「へっへーん。内緒。体育館に来るまでのお楽しみってことで」
 よろしくーと高尾は緑間の背中をぱしりと叩いて、先に部活へと向かってしまった。緑間はやれやれとため息を付いた。
 とにかく片付けないことには始まらないらしい。緑間も正直なところここまでやって投げ出したくはなかった。なので誕生日特権ということで、ありがたく遅刻させてもらうことにした。どうせ今日の練習の大半はレクリエーションで終わってしまうのだ。
 緑間は鞄を手に教室を出る。去年ほどまではいかないものの、鞄の中でおしるこがずしりと重い。これまでで六つ、おしるこをもらっていることになる。
 緑間は今まで高尾からもらったものを思い浮かべながら、目的地に辿り着くまで束の間思考に耽ることにした。
 既に放課後なこともあり、到着した二年時の教室はもぬけの殻とまではいかなかったものの、居残っている生徒は少なかった。今回はバスケ部員が出払っていたので、教室にいた生徒に断って教卓を漁らせてもらう。その中からはやはり封筒とおしるこが出てきた。
(ここでもおしるこなのだよ……)
 十二ヵ所のうち、おしるこが置いてあった場所に共通点などあったろうか。
 教室を辞し、廊下の窓際に立って緑間は封筒を覗き込む。写真は二年時のクラスメイトたちが馬鹿をやっている姿が写っていた。理系クラスなので、三年に上がっても大きく面子は変わっていないのだが。何をやっているのだよ、と緑間は思わず吹き出しそうになってしまった。
 続いて肝心の便箋を開くと、『一緒に昼寝したね!』と書いてあった。そんなことをしたのは後にも先にも屋上だけだ。
 全く、上に下に今日の緑間は大忙しだ。きゅ、と上履きが音を立てた。
 校舎の各棟のうち、屋上が開放されているのは西棟のみだ。このまま二年の教室を通り抜けた先に、屋上へと通ずる階段がある。
 緑間は二段飛ばしで一気に駆け上がると、外に繋がる扉を開いた。
 夏の太陽で熱された屋上は、日差しがどれほど強かったのか名残を窺わせている。まだほんのりと温かいコンクリートの上を歩きながら、緑間は周辺を見回した。目に入る場所に、封筒は置かれていない。
 ならばと塔屋の裏側に回り、かかっているはしごに足をかけて上に登る。目的のものは給水タンクの影においてあった。
 封筒を拾い上げる。その場に座り込んで、緑間は最後の開封式を行った。
 収められている写真は、春先に日差しが気持ちよくてうっかり昼寝をしてしまった時のものだ。というか、いつの間に写真なんぞを撮っていたのか。先ほどのチャリアカーでの転寝といい、高尾は侮れない。
 更に、写真を繰れば屋上から見渡した風景が写っていた。ほぼ同じ場所から撮影された写真は、春夏秋冬でとりどりに美しく色を変えている。
 緑間は塔屋から降り、金網まで近付いた。校庭では野球部や陸上部が部活を始めている声が聞こえる。第二体育館からは、バレー部だろうか、ボールの弾む音が微かに響いた。
 上を仰げば、空が高い。うっすらと夕暮れに差しかかろうとしているが、まだ随分と綺麗な青に染まっていた。ああ、夏なのだなと暑さ以外で実感する。高校最後の、夏なのだと。そして夏の様相をこの場所で焼き付けるのは、もう最後なのだ。そう考えたらやるせなさを感じた。
 高尾は、緑間の誕生日に十七歳までの思い出を辿らせようとしてくれた。普段何気なく過ごしている場所、その中で特に思い出深い場所をチョイスして巡らせてくれたのだろう。写真をみればわかる。たくさんのことがあった。たくさんの時間を過ごした。でも次の夏、緑間はもう秀徳高校にはいないのだ。
「本当にお節介なヤツなのだよ」
 緑間は小さく笑む。ならば、最後に行くべき場所は指示を見なくともわかる。
 だが緑間はあえて便箋を開いた。高尾にとって『そこ』がどういう場所なのかを知りたかったからだ。
『オレたちが人事を尽くすところ』
 ――予想通り、最後のチェックポイントは体育館だった。




 部室で着替え、体育館に向かう。高尾の想定の三十分よりは、僅かに早い登場になるか。
 鉄扉をくぐって体育館に入れば、部員の一部が手に緑色の物体を持っているのが目に付く。緑間は怪訝げに眉を顰めた。緑間にいち早く気付いた高尾が、まるでぱたぱたと尻尾を振っている犬のように早速近付いてきた。そのまま抱きついてきそうな勢いを、手を張って推しとどめる。
「おうふ。真ちゃん! 早かったな!」
「……高尾、その手に持っているのは何なのだよ」
「これ? 水鉄砲」
「…………」
 嫌な予感しかしない。緑間がじとりと高尾を睨みつける。しかし高尾は飄々と受け流した。
「今日の真ちゃんお誕生日おめでとうレクリ、ウォーターファイトな!」
 かっこよく英語で言っているけれども、所詮水鉄砲での打ち合いだろう。高尾はお馴染みの緑色をしたちゃちな水鉄砲をピストルさながらに構えてウィンクした。
「濡れるのだよ……」
「大丈夫大丈夫、みんな着替えもってきてっから!」
「この裏切り者!」
 今日のレクリエーションが何なのか知らされていない緑間が、着替えを持ってきているはずもなく。詳しいルールの説明はまだだったが、いくら夏で乾燥するのが速いからと言って、水に濡れるのはご免被りたい。頭痛を覚えて、緑間はこめかみに手を当てため息をついた。
 嫌々オーラを撒き散らす緑間にも高尾はどこ吹く風で、楽しそうに破顔すると緑間を仰いだ。
「それよか真ちゃん。全部わかった?」
「わかったからここにいる」
「お疲れ様ー。最後のプレゼントは、今だと邪魔になるから帰りに渡すな!」
「……今日は一日疲れたのだよ」
「あっは。帰りはチャリアカーでちゃーんと送ってやっから、安心してずぶ濡れになるといいぜ、しーんちゃん♪」
 猛禽の瞳を鋭く細め、ぺろりと唇を舐める。獲物を定めた仕草。高尾は水鉄砲の銃口を緑間に向け、ばーんと呟き発射の真似をする。
「……ほう、いい度胸だ。返り討ちにしてやるのだよ、高尾」
 ざわり。緑間の雰囲気が瞬時に変貌する。冷静に見られがちでその実誰よりも負けず嫌いな彼は、高尾の煽りにきっちり乗っかり、薄ら笑いを浮かべて応じた。




 レクリエーションを無事終え、自主ノルマのシュート練習を百本をこなしてから、高尾と緑間はいつもの如くチャリアカーに乗り込んだ。緑間の誕生日なので、高尾は自ら進んで運転手を買って出た。
 おは朝のご加護はやはり甚大だったようで、主役の緑間はまんまと水に濡れることなく勝利をもぎ取った。なお敗者の高尾が「水も滴るいい真ちゃんが見れなかったこと、遺憾の意を示します」と真顔でのたまっていたのはここだけの話だ。
 ゆったりめに走って欲しいという緑間のお願いを受け、チャリアカーはがたがたと小さく音を立てながら緩やかに進んでいく。チャリアカーの中で、緑間は集めた写真をまとめていた。
 高尾からの最後のプレゼントはポケットアルバム。そして練習あがりに冷たいおしるこをおごってくれた。
 緑間はラッキーアイテムである電池式LEDライトを点灯させて、これまでに集めた写真をアルバムへと丁寧に差し込んでいく。「卒業アルバムにはまだ早いのだよ」
 緑間がそう呟くと、高尾はブッフォと盛大に吹き出した。
「いや、そういうつもりじゃなかったんだけどな。何あげよっかなって考えていたら、最終的にそこに落ち着いたっていうか。お前のケータイって、犬とか兎とか動物の写真ばっかりで、自分が写ってんのとか全然持ってなさそうなんだもん」
「動物のどこがいけないのだよ」
「いけないとは言ってねーだろーが。つーか可愛すぎんだろ、真ちゃん」
「フン。オレだってアルバムくらいあるのだよ」
「どうせ小さい頃のとかだろ?」
「む……」
 ぐうの音も出なかった。
 緑間が集めた写真は、合わせて九十枚もあった。高尾に言わせると、もしかしたらこれでも少ないくらいかもしれない。緑間は綺麗にまとめ終わったアルバムを整え、ぺらりと一から捲り直しながら高尾の背中に声をかけた。
「それにしても、お前がこんなまだるっこしい方法を取るだなんて正直思ってもみなかったのだよ」
 ぎ、と高い音と共に急ブレーキがかかる。ゆっくり走っていたから、さほどリアカーに衝撃は伝わらなかった。高尾はというと、ぎぎぎと油の切れた機械みたいに、ぎこちない仕草で首を緑間へと巡らせる。街灯の明かりのおかげで、微かに頬を朱に染めているのが見えた。
「……うえ、そこまでバレちゃったの?」
「意味もなくお前があんなことをするはずがないからな」
「さっすが真ちゃん、わかってるぅ!」
 半ばやけくそ気味に高尾は叫んだ後、はにかみながらバツが悪そうに頬を掻いた。
「おしるこのランダム具合と、便箋の指示の違いで気付いたのだよ。最初の指示書だけ二行だったのにも意図があるのかと思ってな」
「ま、それはおまけっつーか……オレとしては、真ちゃんに気付いてもらえなくてもよかったんだ。一種の願掛けみたいなもんだったからさ」
 確かに、そこに込められた高尾の想いは、とても重いものだった。当たり前のように目指し続けて、しかし手にするには果てしなく遠い願い。部長として、主将としてこの半年部をまとめてきた高尾だ。緑間にはわからない重圧もあるのだろう。
「しかし体育館をアリーナと当てるのはまだわからなくもないが、裏庭をアトリウムと称するのは流石に無理があるのではないかと思わなくもなかったのだよ」
 緑間が冷やかせば、高尾は拗ねて反論してきた。
「仕方ねーだろ!? 母音が足りなかったんだよ! これでも、ない頭悩ませて考えたんだからな!」
「解読して、『真ちゃん愛してる』とか出てきたらどうしようかと恐々としていたのだよ」
「あ、それも考えた。けどやっぱり直接言いたいからやめといた」
「賢明な判断なのだよ……。ん、賢明なのか……?」
 緑間は腕を組み、自分の発言に思わず首を傾げた。
「こんなあっさりバレるなら、直接言ったほうが恥ずかしくなかったわ、畜生……!」
 馬鹿なことやるんじゃなかったーと呟いて、高尾はがっくりと自転車のハンドルに凭れた。緑間を散々あちこち振り回した罰だ。いい気味だと緑間は鼻を鳴らした。
「それで? このアルバムの空いてる場所は?」
 アルバムを最後まで捲ると、そこには六枚分の空白。緑間は高尾にラストページを見せ付けた。この期に及んで、写真が足りなかったという不完全なことはすまい。
「もっちろん、インターハイ優勝の時用に決まってんだろ、言わせんな!」
「そうか。ならば恥ずかしがっているお前の変わりに、オレが言ってやるのだよ」
「へ?」
 高尾が慌てて振り向く。緑と橙の視線が交錯する。緑間は真っ直ぐ高尾を貫いてから、ふっと瞳を和らげた。
「……高尾、オレたちは人事を尽くした。だから、勝つぞ」
 泣いても笑ってもこれが高校最後のインターハイ。最後の夏だ。
 緑間の言葉にきょとんと目を瞬かせていた高尾だったが、徐々に唇が緩んでくる。やがてそれは満面の笑みを結んだ。
「仰せのままっ!」


 拳をあわせることはない。けれども二人の心の内で、きちんと拳はぶつかっていた。

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