お酒に弱い宮地さんと、危機感が抜け落ちているけどちょっとだけましになってきた緑間♀さんのお話です。
緑間くんが女体化していますのでご注意ください。
前に書いた大学生宮緑♀の前話的な感じです。半年前に何があったかの真相編。まだまだひっぱるお酒ネタ。ただイチャイチャさせたかっただけのお話です、色めいた表現がへったくそですみません。どうにもならなくなってきたので投下します……。あと宮地さんに我慢を強いるのが好きです、好きです。
反転した視界に入ったのは、オフホワイトの天井のクロスと眩しい蛍光灯の光。
けれどもすぐにその光源は遮られる。仰向けになった緑間へと影を落としたのは、頬をほんのりと朱に染め、金色の瞳を欲望にとろりと溶かした宮地だった。
気が付けば宮地に押し倒され、わけがわからぬうちに手首を捉えられた。緑間の艶やかな緑の髪の毛は、フローリングに敷かれたラグの上で乱れている。
「み、宮地先輩……?」
現状に対処できず焦った緑間の声に反し、宮地は捕食者然と愉しそうに目を細めてぺろりと己の唇を舐めた。
その姿があまりにも色っぽくて、緑間は眩暈を覚えた。
酔っ払う宮地さんと口を噤んだ緑間さんのお話
事の発端は、一人暮らしの宮地の元へと訪れた緑間からの手土産だった。
とん、とテーブルに置かれた箱に宮地は目を瞬かせた。
「……日本酒」
「ええ。父がよければ宮地先輩にと……」
緑間はどこか申し訳なさそうに肩を竦めた。
日本酒の飲み比べセットなのだろう。小さいビンが4本納められた箱は、大量に緑間家へと届いたお中元のお裾分けだ。
「何でオレに?」
「……父が、近いうちに先輩と飲みたいと言って」
「ああ……」
緑間が赤くなった顔を背けてぽつりと呟く。それを受けた宮地は、遠い目をして緑間の言葉に納得した。
二人がお付き合いを初めて数年。連れてこいとせがまれて以来、互いの家には何度もお邪魔している。家族ぐるみの付き合いとまではいかないものの、宮地も緑間も相手の家族とそれなりに親交を深めていた。
特に緑間の家族は宮地を気に入ってしまい、事あるごとに夕食を共にしている程だ。娘の彼氏などいい顔をしないのが普通だろうに、緑間父なんて息子同様に宮地のことを可愛がってくれている。開業医を営んでいて多忙な緑間父と顔を合わせることはなかなかないが、「一緒にお酒飲みたいよねぇ」とのほほんとした笑顔でよく話をしていた。
宮地に日本酒を渡してきた意図は、つまるところ「飲めるようになっておいてね」ということだろう。
交際に理解があるのはありがたいのだが、どことなくじわじわと外堀から埋められている気分になる。それが緑間に本人によるものではなく、互いの家族の仕業に感じるのだから可笑しなものだ。
「飲まないのでしたら、料理酒にでも使ってください」
「いや、料理酒にするには勿体ねぇわ。折角だしちゃんといただく。旨そうだし。親父さんに礼言っといてくれよ」
セット商品とはいえ、高そうな日本酒の詰め合わせは学生の宮地には過ぎた代物である。飲まないなんてありえないと、珍しく浮かれ気味の宮地に緑間はちょこんと首を傾げた。
「はぁ。……先輩はお酒、いける口でしたか?」
「最近、ちょこちょこ飲み始めたとこ。大坪とか木村とたまに飲んでんだよ」
まあ主にビールやチューハイなど度数の低いものばかりではあったが。やはり男として、日本酒に興味がないわけではなかった。宮地も少しずつではあるが嗜む程度に口にしている。
「丁度いいわ、晩酌付き合えよ。お前はノンアルで悪いが」
「いいえ、かまいませんよ」
何か気に入った銘柄でもあったのだろうか。先ほどから機嫌が上向いている宮地に、緑間は一も二もなく頷いた。いつも宮地は未成年の緑間に気を遣って、一緒に食事をする際にアルコールを摂取しない。だから積極的に酒を飲みたいと言う宮地は正直珍しかった。酔ったら宮地はどうなってしまうのだろうか。ちょっとだけ見てみたいという好奇心が湧いた。
「今から冷やしたら花冷えで飲めるな」
宮地はいそいそとキッチンへと移動し日本酒のビンを冷蔵庫へと入れた。そのままエプロンを手に取って身に着ける。
「飯、がっつり作るつもりだったけど、今日は控えめにしてつまみ多めに作るか。おら、手伝え緑間」
「はい」
いわゆるお家デートをする時は、宮地が率先して夕食を振舞ってくれる。料理が壊滅的な緑間にも指導をしながら手伝わせるので、夕食の支度はさながらお料理教室じみた時間になる。今日は夕飯を共にしつつ、先日行われたNBAの試合を一緒に見ることになっていた。高尾が絶対に見ろと無理矢理押し付けてきた録画である。
ここのところ手伝いが常になってきたので、緑間も置きっぱなしにしているエプロンを身に着け、髪を一つにくくると宮地の隣に立った。
「何を作るんですか?」
「夏野菜カレーでも作るかーって思ってたんだけど、どうすっかなー」
飯炊いちゃったしなどと、冷蔵庫を覗いてぶつぶつ呟きながら宮地は中身を確認する。緑間は次々取り出される卵、野菜、鶏肉、ベーコンなどの食材を受け取り、カウンターへと並べていく。
「おっし、こんなとこか。んじゃ、いつも通り緑間は野菜担当な」
「はい。任せるのだよ」
「おー、お前も随分言うようになったな」
意気込んで返事をすると、宮地が揶揄い交じりににやにやと笑った。そんな宮地にむくれながら、緑間は野菜を丁寧に洗っていく。
高校時代は左手を大事にしており、更に周囲が過保護すぎたことも相俟って、なかなか緑間がキッチンに立つことはなかった。しかし宮地は問答無用で緑間をキッチンにひっぱりこんだ。やらなきゃ覚えないし、やってないからできないだけだと言って積極的に手伝わせ始めた。至極尤もな意見である。
左指にテーピングを巻かなくなった大学入学を機に、時折ではあるものの緑間はおっかなびっくり包丁を手にしている。おかげで時間をかければサラダくらいはどうにか作れる程に成長した。
勿論、宮地が一人でやればもっと効率よく食事が作れる。けれども彼はそれをせず、辛抱強く緑間が調理を行っていくのを見守ってくれている。こつこつと緑間がステップアップしていくのを、そこはかとなく楽しみにしている風だった。
緑間がインゲンやきゅうりをまだ微妙に危なっかしい手つきで切っている横で、宮地はてきぱきと卵をかき混ぜたり、鶏肉を処理し始めている。手際がいい。宮地が器用なのはわかっているのだが、負けず嫌いの緑間だ。むくむくと対抗心が湧いてつい肩に力が入ってしまう。
「おら、手つき危ねぇっつの」
そこをすかさずこつんと頭頂部を小突かれた。むぅ、と唇を尖らせる緑間に宮地は苦笑を漏らすと、よしよしとそのまま頭を撫でてきた。
「そろそろ慣れてきたっぽいし、今日はジャガイモ剥いてみっか?」
「! やるのだよ!」
ぱあっと緑間の顔が輝く。ジャガイモはでこぼこしているので、まだ早いと言われ続け手を触れさせてもらえなかった一品である。以来、緑間にとって打倒ジャガイモが一つの目標となっていた。
意気揚々と残りの野菜を切り始めた緑間を見て、初めてのなんちゃらみたいだなと宮地がゆっくり瞳を細めたのはここだけの話だ。
さてジャガイモである。泥を落としてから、まずはと宮地が手本を見せた。
「皮は厚めに剥いていいかんな。あとジャガイモは芽に毒があるから、こうやって……」
ひょいひょいと包丁の付け根を使い、芽を抉り取っていく。手馴れた様子で皮を剥き、やがて綺麗に身だけになったジャガイモをイチョウ形に切って水に晒した。おおーと緑間が尊敬の眼差しで見つめると、宮地はどこか照れくさそうににそっぽを向いた。
「ほら、やってみろ。くれぐれも気をつけろよ」
二個目を手渡されて、緑間はジャガイモと対峙する。すわ親の敵かと言わんばかりの真剣な面持ちで、慎重に包丁を繰っていく。
しかし包丁の付け根を使うのに慣れず、芽を取る緑間の手つきは覚束ない。頭では宮地の手本を描けるのだが、実際やってみると不器用な緑間にはこれがなかなか難しい。でんぷんで包丁が滑りやすくなっているのもまた厄介だ。
「あっ!」
「あっぶね! そうじゃねぇって」
無言で悪戦苦闘しているとつるりと滑ってしまい、危うく指を切りそうになった。慌てた宮地の手が出る。
「ゆっくりやりゃいいって。こうだっつの」
「っ!?」
緑間の後ろから抱え込むようにして、宮地は掌を添えた。たどたどしい手を包んで動作の補助をしてくれる。
緑間の包丁遣いが心もとなくなると、こうやって宮地は手取り足取り一緒に実践してくれる。講義の一環なのはわかっているし、確かに直接指導してもらうほうが手っ取り早くわかりやすい。けれども背後から抱き締められるスタイルは色事を彷彿して、気も漫ろになってしまう。しかも位置的に宮地の唇が緑間の耳元に寄せられるのがまたいけない。緑間の大好きな声を間近に、延々コーチを受ける羽目になるのである。何の苦行だと思わなくもない。
流石にこれでは真剣に教えてくれる宮地に申し訳が立たないと、意識をしないよう気を引き締めるものの、やはり気恥ずかしさは抜けない。
「……んで、こう。わかったか?」
「わ、わかりました……」
「ん? あー……お前まだ慣れねーの?」
「いや、だって普通に恥ずかしいじゃないですか……。それに何だか子供扱いされてるみたいなのだよ」
「お前の包丁捌きがヘタクソなんだから仕方ねぇだろ」
「くっ……」
遠慮のない事実が緑間に突き刺さる。ぐうの音も出ない。
宮地の腕の中で僅かに頬を上気させながらもひっそりと落ち込んでいる緑間へ、宮地は茶化すみたいにフフンと鼻を鳴らした。
「でもこうやってエプロン付けて一生懸命苦手な料理してるお前の姿、嫌いじゃねーぜ」
「ひゃ……っ!」
耳元で吐息を乗せて囁かれ、ちゅとリップ音と共に耳朶へ口付けを施される。突然与えられた刺激に、緑間が小さく喘いだ。
「すげーそそる」
「……せ、せんぱ……んん!」
そのまま宮地の唇は首筋を掠め、緑間のうなじへと辿り着く。立て続けに白い肌へと何度もキスを落とされ、ついに緑間が堪えきれずによろめいた。
それと同時にガチャン!とシンクが派手に金属音を立てる。肩を竦めた弾みで緑間が包丁とジャガイモを手から取り落としたのだ。
「…………」
「…………」
二人してはっと我に返る。桃色に染まりかけていた雰囲気は一気に霧散し、変わりに血の気が引いた。
「おい、緑間ァ!」
「いっ、今のは不可抗力なのだよ! 先輩だっていけないのだよ!!」
シンクの上で剥いていたから大事には至らなかったものの、一歩間違えれば包丁が足に突き刺さっていたかもしれない。宮地は凄むが、緑間も自分ばかりのせいではないと反論する。一瞬睨みあったが、状況が状況である。すぐさま両方悪いで手を打つこととなった。
料理をしている間はイチャイチャ禁止。二人の間で暗黙の了解が成り立った瞬間であった。
* * *
時間はかかったものの、どうにか夕食を作り終える。今日は漸くお許しが出て、宮地監修の元、緑間もサラダ以外に一品作ることができた。ジャガイモとベーコンの炒め物に、とろけるチーズを乗せたものである。ちょっと焦げ目が多くなってしまったのはご愛嬌。
緑間が四苦八苦している横で、宮地が鮮やかな手つきで出汁巻き卵を作っていたことは、記憶の片隅に追いやることにした。立つ瀬がないが、今の緑間の実力では悔しいけれども張り合っても仕方がない。
それなりに品数をそろえた料理を並べ、NBA観戦を兼ねた夕食をとり始める。視聴の関係で隣同士に座りささやかに乾杯する。宮地はまず缶ビールで口を湿らせた。緑間はウーロン茶だ。
「先輩は結構飲めるんですか?」
「さあ……?」
「は?」
「まだ限界まで飲んだことねぇんだよな」
こともなげに宮地は呟く。成人してからまだ日が浅いし、そこまで酒に興味があるわけでもない。無理にアルコールを飲まされることもなく、宮地の飲酒事情は平和なものだった。たまに行う大坪・木村との飲み会も、家の手伝いをしている木村の朝が早いため、そこそこの量でお開きになっている。
「ビールとかチューハイ数杯程度ならまあ問題ないし普通なんじゃね? ……お、旨い。初めてにしちゃ良く出来たじゃん」
緑間の作った料理を口にして、宮地はにかっと緑間に笑顔を向けた。
「……ありがとうございます」
苦手な分野で褒められたことが素直に嬉しくて、けれども面映くなった緑間は口元が緩むのを必死で堪えた。それを誤魔化すみたいにぱくりと宮地の作ったおかずを口に運ぶ。文句なしに美味しい。
そのあとで自分の料理を食べてみたところ少しだけ塩辛かった。宮地は贔屓目で評価してくれたのだろうが、緑間からすると甘く見積もってもギリギリ及第点だ。もっと宮地に美味しいと思ってもらえるように頑張ろう。人事を尽くすのだよと、緑間は内心で決意を新たにした。
宮地がちびちび飲んでいたビールを一本空けた辺りで、テレビからはホイッスルが鳴り響いた。第一クォーターが終了し、インターバルに入る。最初からかっ飛ばした点取り合戦は流石に派手で、見ているこちらもテンションがあがる。
緑間はテレビを横目に眺めながら、インターバルの隙にキッチンへと向かい、程よく冷やされた日本酒を取り出す。
「宮地先輩、どの銘柄にしますか?」
「どれでもいい。お前が選んで」
宮地がそう返すので、父が好んでいる銘柄と一番小さいコップと――流石に猪口は見当たらなかった――ついでに自分のウーロン茶を手に居間へと戻った。
試合は接戦の末、宮地ご贔屓のチームが僅かにリードを許している。が、相手チームにとっても5点のビハインドくらい直ぐにでも挽回できる得点圏内だ。
「……あ、飲みやすいな、これ。オレ好きだわ」
「そうですか。なら喜びます。父も好きな銘柄なのだよ」
「へぇ。覚えておくわ」
宮地にお酌をしているうちに第二クォーターが始まる。料理を適度に摘みながら、二人は食い入るように画面を見つめた。
コート上で縦横無尽に駆け回るNBAプレイヤーたちが魅せるスーパープレイに、宮地も緑間もいささか興奮を隠せない。行儀は悪いが、ああだこうだと試合模様に茶々を入れながら、二人の夕食は大いに弾んだ。
「あー、今の何だよ。すげーデタラメな動きすんなあ……! どんな身体してんだ。かっけぇな!」
「……何だか青峰を彷彿とさせるプレイスタイルですね」
「オイコラ、青峰と一緒にすんな、轢くぞ!」
宮地の気に入っている選手をそう評したところ、酷く嫌そうに顔をしかめられたので、緑間は可笑しそうにふふっと声を漏らしてしまった。
画面では、注目プレイヤー同士の技の応酬が多彩に繰り広げられている。片方がスリーを鮮やかに決めれば、もう片方は豪快にダンクを叩き込む。観客席もしきりに沸いている。
手に汗握る戦いに、ついつい固唾を呑んで見守ってしまう。宮地などは特にまだ大学バスケで活躍している選手だ。素晴らしいプレイを見て、自分も動きたくてたまらないと全身で訴えている。引退したとはいえ緑間とて高校三年間エースを張っていた女だ。込み上げてくる気持ちはわからなくもない。時折宮地のコップに酒を注ぎつつの観戦は、夜だというのに二人してこのままストバスコートに繰り出したくなるほどウズウズする内容だった。
あっという間に第二クォーターの10分が経過し、ハーフタイムに突入する。取ったら取り返すという乱打戦に、二人して高揚もそのままにはーと息を吐き出した。
「……そういや、緑間はあいつらと連絡とってんのか?」
ふと、先ほどの青峰発言で思い出したのだろう。宮地が尋ねた。
あいつら、とはNBA入りを目指して高校卒業後渡米し、現在アメリカの大学に通っている青峰と火神のことだ。あちらの大学を受験するため、忙しい身をおして勉強を懇切丁寧に――酷いスパルタだったとは指導を受けた彼らの言である――面倒を見てやったうちの一人が緑間である。
「寧ろあの二人が連絡を寄越すようなマメな連中だとお思いで?」
「……そりゃそうか」
「まあ、赤司経由で近況などは伝わってきますが。馬鹿二人が騒動を起こしているとか、しょっちゅうなのだよ」
仕方ない奴らだと呆れ混じりに零す緑間の口調は柔らかい。
慣れない異国の地で果敢に奮闘している青峰を心配した赤司が、火神共々まとめてこまめに世話を焼いているらしい。それにしたって本能で生きている人間代表のような男共である。火神にとっては慣れたアメリカの地なこともあり、悪ガキ二人が大なり小なり騒ぎを起こすこともしばし。アメリカはあいつらに合ってるよと赤司が苦笑を漏らしていた。
それでも大学のチームで活躍し順調に注目を浴びているという話を聞けば、旧友が人事を尽くしている様子についつい頬が緩むのも事実で。
「ふーん。何のかんの言って、やっぱり仲がいいよな、お前ら」
緑間の返答に宮地は僅かに不機嫌を露にして、コップに残っていた日本酒を一気にあおった。ほんのり頬が上気しているのは、アルコールのせいか、はたまた微かな嫉妬を表に出してしまったことに対する羞恥か。拗ねている風にも見える。
「そんなことはないのだよ」
緑間は否定をするが、宮地は画面に視線を流してつーんと知らん振りをしている。大人気ない。
ゆっくり飲んでいた日本酒は、現在ビンの半分ほどが消化済み。宮地の肌は白いから、段々と血が巡り肌が火照っていく様がわかって面白い。
(可愛いのだよ……)
童顔もあいまってアルコールで穏やかに解かれていく子供じみた宮地の姿に、緑間はくすりと笑みを零した。
まだたくさんは飲んでいないのにこの状態では、実はそんなに強くないのかもしれない。単純に飲みなれていないのもあるのだろうが。
ハーフタイムが終了し、試合は第3クォーターへ移行する。白熱した本場の試合を見るのはやはり楽しい。純然と熱い応酬はこちらの胸を酷く躍らせた。ついつい視線を画面に釘付けにされてしまう。それほど今回の試合展開は目を奪われるものだった。リアルタイムで見ていた高尾が絶対見ろと勧めてくるわけである。
やがてゲームは一進一退のまま、第4クォーター半ば、佳境へと突入する。最後にブザービーターで決着が付いてもおかしくないほどの接戦を静かに見守る。
視聴の傍ら美味しく摘んでいた料理も箸が進み概ね片付き、気が付けば宮地の酒ビンが綺麗に一本空いた頃。
「……先輩?」
試合観戦に集中していた緑間の半身に、ふと穏やかな暖かさが当たった。肩口にくたりと身体を預けてきた宮地へ、緑間は怪訝そうに眉を寄せた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
「んー……」
「気分が悪いんですか?」
「そんなんじゃねぇけど」
もしかして日本酒が身体に合わなかったのだろうか。緑間の心配をよそに、宮地は彼女の細い腰に腕を回してきた。空間を埋めるように身体を寄せてくる。
「構え」
「はい?」
「テレビばっかり見てんじゃねぇよ。構えー」
「はい!?」
宮地から滅多にない言葉が飛び出してきて、思わず緑間は素っ頓狂な声を上げた。いやいや録画を見る目的で集まったはずなので、その発言は本末転倒だ。どうしたことだというのだろう。
ちらりと宮地の飲み干したビンへと視線を流す。摂取したアルコール量は、日本酒一合半と缶ビール1本程度。もしかしてこれだけで出来上がってしまったというのだろうか。弱い。弱すぎやしないか。
「……酔ってますか、先輩?」
「よってねー」
嘘だ。呂律がちょっと怪しい。赤くなってはいたものの、その後平然と会話をしていたから、そこそこいけるのかもと思っていたのに。見たまんま弱く、また突然酔いが回るタイプだったか。
「みどりまー」
宮地は緑間の肩にぺたりとこめかみを押し付けて、じっと上目遣いで仰いでくる。どことなく拗ねた表情は、普段の宮地よりもずっとあどけない。きゅと緑間の手を掴んで、早くとねだるように引かれた。緑間と視線が合うと、宮地は嬉しげに顔を綻ばせる。甘えてくるあざとい仕草は、きゅんと緑間の母性本能をくすぐった。
「か、可愛いのだよ……」
口が悪く俺様然としているのに面倒見が良く、そのくせ紳士めいたいつのも宮地はなりを潜めている。理性で隠している部分がアルコールによって緩んでしまい、酒の席だと違う一面が現れるとは良く耳にする。ツンギレと名高い宮地だ。素直じゃない部分の箍が外れたのかもしれない。
自然と零れてしまった緑間の言葉に、宮地がぴくりと反応した。
「え?」
あっけなく視界がくるりと廻る。いとも容易く腕を絡め取られて、ラグの上に縫いとめられた。
突然の展開に緑間が混乱に目を瞬かせていると、覆いかぶさってきた宮地がふっと口角を上げた。
「緑間」
舌ったらずの中、不思議と艶めいた雰囲気。見た目の華やかさがアルコールでより引き立っているのか。見下ろしてくる宮地の姿は、先ほどまでの可愛らしさとは打って変わって、壮絶な色気を垂れ流していた。
当てられて、緑間の顔がぶあっと一気に赤く染まった。
「宮地せん……んんっ!?」
緑間は言葉を紡ぐことができなかった。宮地がそのまま緑間に口付けてきたからだ。
ちゅ、とついばむようなキスを何度も贈られる。こんな風に小刻みで愛らしい口付けをもらうのは初めてだった。恥ずかしさに熱が上っていく。くすぐったくて身じろぐと、宮地はむぅと不満げに唇を尖らせた。
「真」
「っ!」
どくりと心臓が高鳴る。名前で呼ばれるなど稀過ぎて完全に不覚だった。緑間は驚いてまじまじと宮地を見返してしまう。
「しん」
「みっ、みや、宮地先輩……」
こそばゆさを感じて、しどろもどろになった緑間の姿が楽しかったのだろうか。宮地は慈しみのこもった声で甘やかに緑間の名を呼ぶ。
「かわいいのは、お前のほうだっつのー!」
にぃと悪戯っぽく瞳を細めて、宮地は再び緑間に顔を寄せた。酔っ払っているのがわかっているのに、手を振りほどけない。宮地の力は強い。いつもなら嫌がるそぶりを見せるとすぐに離してくれるのに、今日の宮地は緑間をその腕から逃してはくれなかった。
「先輩、観戦は……」
「あとでまたみればいいだろー」
僅かに抵抗を試みるものの、もはやNBAそっちのけだ。そうこうしているうちにあむ、と唇を食まれる。普段よりもずっと強引な仕草。じわりと伝った快感に緑間が陥落した。
「めがねじゃま……」
鼻筋にぶつかってしまう眼鏡をするりと外されて、涙の膜を張った緑間の視界がいっそうぼやける。宮地は手探りでテーブルの上に眼鏡を逃がすと、緑間の唇に吸い付いた。
潜り込んだ宮地の舌は、緑間の口腔内を好き勝手に貪った。歯列をなぞり、上顎をくすぐっていく。緑間の弱い場所を散々嵐のように嬲った後、優しく舌を絡めた。くちゅくちゅとはしたなく唾液の音が立つ。
宮地の熱い舌にはアルコールが残っていて、緑間にはほろ苦く感じられた。
しかしそんな緑間の思考も真っ白になって、どろどろにとけてしまう寸前だった。ねっとりと絡みついてくる舌によって、嫌が応にも性感を引き起こされてしまう。すっかり全身の力は抜け落ちてしまった。
「はぁ……ふぅん……」
鼻から抜ける蕩けた緑間の吐息に気をよくしたのか、宮地はふふんと得意げに顔を上げる。
「ひぁ……!」
宮地の唇は、散々キスを与えられて息も絶え絶えになっている緑間の耳へと襲い掛かる。挟み込んで耳朶を食み柔らかさを堪能し、舌先で輪郭をなぞった後、ゆっくりと耳孔に舌を挿れた。頭の奥へと響くみたいに、あられもなくぴちゃぴちゃと犯される音が聞こえる。与えられる快楽も強く気持ちよすぎて思考が飛んでしまい、緑間が一番苦手とする愛撫だ。
「あ……やぁ!」
ひくひくと緑間の身体が小刻みに跳ねる。刺激から逃れたい一心で、肩を竦めたりいやいやと首を振ったりするものの、宮地は許してくれなかった。
「きもちいいか?」
掠れた低めのいたずらっ子のような声がまた緑間の心を揺さぶる。何も考えられなくなって、緑間はただひたすらに頷いた。つ、と目尻から涙が零れ落ちる。
「しん、かわいい」
涙を舌で舐め取って、くすくすと楽しげに笑う宮地は沢山緑間の耳を可愛がった後、首筋に顔を埋めた。ちりと一瞬の熱が走った後、緑間の白い肌に赤い花が咲く。それを満足げに眺めた宮地は、つつっと舌先を首筋に這わせると、緑間の綺麗に浮いた鎖骨へと口付けを落とした。
「ひ……んんっ!」
ぞくぞくと電流みたいに走る快感に、緑間の身体はどんどん高められていく。
このまま強引に抱かれてしまうのだろうか。この先訪れるであろう展開に、どくどくと心臓は大きく脈打った。
テレビからはいつの間にか試合終了のホイッスルが鳴り響いてくる。結局どちらが勝ったのだろう。もう思考が鈍ってしまい、解説の声も耳に届かない。
宮地から与えられる刺激に啼きながら、ぼんやりと胸元で蠢く色素の薄いミルクティ色をした髪を眺めていると、やがて不意にずしりと緑間の身体に体重がかかった。
「……?」
重い。のしかかっている宮地は、先ほどまでの悪戯めいた動きを急に止めて緑間の胸に顔を埋めたままだ。
「……みやじ、せんぱい?」
どうしたというのだろう。はくはくと震える声で宮地に問う。だが返事はない。力なく絡められたままの指を無理矢理解いて宮地の頭を撫でてみるものの、やはり反応を見せない。
時間の経過と共に段々クリアになってくる思考回路が弾き出した答えに、まさかと思って緑間は耳を澄ました。テレビから流れてくるノイズに混じって微かに宮地の唇から漏れてくる呼気は、安らかに規則正しいリズムを刻んでいる。
「……寝て……る……?」
道理で返事がないわけだ。乾いた笑いが浮かんで、思わず緑間も脱力する。
流されるままの危機は脱した。けれども煽るだけ煽っておいて、こんなところで力尽きないでほしいのだよと、緑間は大いに嘆いた。
意識を失っている人間はとかく重い。ほうほうの体で宮地の拘束から抜け出すと、緑間ははあっと力いっぱいため息をついた。無駄に疲れた。対格差が大きいので、宮地をどかすのも一苦労だ。
ラグの上に転がっている宮地は、先ほどまでの無体なんてなかったかのようにすやすやと穏やかに寝こけている。
ついつい緑間も恨みがましげに半眼で睨みつけてしまった。これは流石に宮地が悪い。
しかしあまりにも気持ちよさそうに寝ているから、毒気を抜かれあほらしくなってきた緑間は今一度小さくため息をついた。乱れた髪を整えながら昂ぶった気持ちを落ち着けるべく深呼吸をするが、さっきまで襲われていたのだ。そうそう上手く行くはずもない。
「先輩のバカ……」
宮地の行為を思い出し、唇をへの字に曲げて緑間は唸った。
酒に酔った宮地の言動は、随分幼く可愛くもあり、それなのに格好よくもあった。あの可愛さと色気は一体何なのだろう。ずるい、と緑間は自然と熱を帯びていく頬を冷やすように手で触れる。折角落ちた体温が再び上がっていきそうだ。
箍が外れてしまったせいで、ツンもキレも抜けてしまったのか、素直に甘えてくる宮地の姿を思い起こして眩暈を覚えそうだ。これ以上デロデロに甘やかされたら、緑間の頭がショートしかねないし、実際ショートしかけていた。愛おしむ瞳で見つめられて、可愛いと弱い声で囁かれて、指をやんわりと絡め取られて。駄目だ。抵抗できるわけがなかった。白旗を上げるしかない。緑間は即座に下した判断に憂う。
(でも可愛かったのだよ……)
あのようにあどけない宮地を見れるのはそれはそれで貴重だと、可愛い物好きの緑間は自然と緩む唇に掌を当てる。
そのくせ、優しく優しく緑間に触れてくる普段の宮地と違い、さっきの宮地はいささか強引に緑間を奪いにきた。でもその強引さにドキドキしただなんて口が裂けても言えない。嫌だと天邪鬼が高じてつい口がでてしまうけれど、宮地に触れられるのは嫌ではない緑間なのだ。
惚れた欲目もあるだろうが、可愛くて格好いいだなんて反則すぎる。
振り回された実感はある。悔しくもある。
けれども宮地が寝落ちしてくれたのは、よくよく考えれば僥倖だったのかもしれない。このまま翻弄され流されたら、緑間もどうなっていたかさっぱり想像がつかなかった。やばかった。結構な己の乱れっぷりを思い出してしまい、恥ずかしくて穴があったら入りたくなった。
「……あ、危なかったのだよ」
計らずして宮地の酒量の限界値を知ってしまった緑間は、人前で宮地にあまり酒を飲ますまいと心に誓う。
――だってあんな宮地の一面を見るのは自分一人だけでいい。
* * *
頭が痛い。ズキズキと走る鈍い痛みに眉を顰めて、宮地は重い瞼をのそりと持ち上げる。
オフホワイトの天井は、宮地の寝室のそれと似て異なる。僅かに軋んだ背中に、ここはどこだとぼんやり思考を巡らせる。
昨夜は緑間と一緒に夕食を摂りながらNBA観戦をしていた。彼女が持ってきてくれた日本酒が思いのほか旨かったのと、ちょっとした嫉妬にかられて、酒がいつも以上に進んでいた。ハーフタイムを超えて第三クォーター終盤辺りで、宮地の記憶は完全に途切れている。
ということは、そのまま寝落ちてしまったに違いない。緑間に悪いことをしたと思いながら、気だるさの残る身体を起こす。と、宮地のひじに暖かく弾力のある何かが当たった。
「……ん?」
ソファだろうか。どこで寝てるのだ自分はと首を巡らせた宮地の隣では、緑間がくうくうと寝息を立てて眠っていた。寝ぼけていた頭も一気に醒めるというものだ。
「はぁ!?」
思わず声量のセーブをせずに叫んでしまった。何故ここに緑間がいるのだ。まさか酔った勢いで事に及んでしまったのだろうか。慌てて自分と緑間の全身を見渡す。だが服は二人とも着ている。どうやらセーフらしい。ほっと胸を撫で下ろす。別に緑間とどうこうするのは初めてではないが、酔った勢いというのは真面目な宮地の倫理的に宜しくなかった。
「……んん……煩いのだよ」
宮地の声に緑間も覚醒したようだ。億劫そうに身を起こして、眠たげな目をこすっている。
「お、お前っ、なんでいるんだよ!?」
昨日緑間はここに泊まるはずなかった。帰ったのではなかったのか。程ほどに酒を止めて送っていく予定が狂ってしまったのは申し訳ないけれど、まさか隣で呑気に寝ているだなんて露とも思わなかった宮地は激しく動揺を見せた。
「宮地先輩が酔って寝てしまったので、心配で付き添っていたんです……。あ、家のことならご心配なく」
眼鏡をかけ、くぁと可愛く欠伸を漏らして、緑間は自分がここにいる経緯をかいつまんで説明してくれた。要するに宮地は酒に撃沈し、彼女の前であえなく寝落ちしたというわけだ。NBAの試合中継などせいぜい2時間がいいところだ。それすらも持たなかったなど、何とも情けない話である。
どれだけ酒に弱いのかと宮地が意気消沈していると、緑間がおずおずと口を開いた。
「先輩、お酒を人前で飲むのはくれぐれも止めてください……」
その言いっぷりは単に宮地が酒に弱いだけの問題ではなさそうで。
「…………」
「…………」
「……何かやらかしたのか、オレ」
「…………」
「おい、緑間ぁぁあ、言えよ!」
思わせぶりに口を噤む緑間の肩を掴んで、がくがくと揺さぶる。すると宮地の視界に飛び込んできたのは、彼女の白い肌にうっすらと映える赤い花。首筋と鎖骨に散らされた花びらは、明らかにキスマークだった。ごくり、と宮地は生唾を飲む。
「……そんな……あんな宮地先輩の強引な姿、言えるわけがないのだよ」
緑間は頬を桃色に染めてぽつりと呟くと、気まずげに視線を逸らした。何だ、本当に何をやらかした自分。聞きたいような聞きたくないような。しかしこの様子では、緑間は素直に口を割ってはくれないだろう。
記憶を叩き起こしてみるけれども、さっぱり覚えていない。このポンコツ記憶力めと罵りたい衝動を押さえ込む。
宮地はうわああああと頭を抱えた。自己嫌悪に陥って蹲っている宮地を見て、緑間がひっそりとほくそ笑んでいるだなんて知らずに。このくらいの意趣返しは認められてしかるべきだろう。
「ええと、とりあえずお水、飲みますか?」
「……おう、頼む」
ズキズキと響くこめかみを押さえる。二日酔いの痛みなのか、はたまた下手を打ってしまったことによる痛みなのか判断がつかない。何故肝心なところで大事な記憶が飛んでいるのか。
酒は飲んでも飲まれるな。その言葉を身に染みて理解して、宮地は今後酒は控えようと心に強く決めるのだった。