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秀徳高校公認お騒がせチャリアコンビ! 第1Q:緑間真太郎、肩書きが付く

08 19 *2014 | text

お騒がせチャリアコンビと銘打っていますが、まだまだ導入なので全然暴れていません。これから暴れる予定…です、多分(笑)。緑間さんに肩書きをつけたいがために書きました。
モブさんとの会話が中心です。苦手な方はご注意ください。


続き



第1Q:緑間真太郎、肩書きが付く


 窓ガラスに細かな雨が雫をなし伝い落ちていく。梅雨前線が停滞し、本格的な梅雨に入った現在、ここのところずっとぐずついた天気が続いている。
 今日の蟹座の順位は十一位と低調。ラッキーアイテムはボトルシップ。そしてアナウンサーの『今日は突然の嵐が到来! 充分注意しましょう』という占い内容に、緑間のみならず高尾も恐々としたのは言うまでもない。
 しかし大き目の傘、レインコート、そして長靴まで準備してきたのだが、外の雨は未だ穏やかな霧雨で、一向に荒れる気配は無い。万全の対策をとってきたというのに拍子抜けしてしまう。いや、何事もないほうがいいに決まっているのだが。
「ラッキーアイテムの補正が効いているのかねぇ?」
 真っ黒な雲に覆われ鬱々とした空と机の上のボトルシップを見比べて、高尾はぼやいた。
 しかしおは朝暦二桁。もはや信者のレベルまで達している緑間は、決して楽観視などしていなかった。
「おは朝の十一位がその程度で終わるわけがあるまい。これから絶対に何かあるのだよ」
「いやジューブン知ってるけどさぁ! あとドヤる意味わかんねーかんな!?」
 緑間が得意げにくいっと眼鏡を押し上げる。高尾は盛大に吹き出すのを堪えて、ひいひいと息を殺し腹筋を鍛えた。
 緑間の予言通り、まさしく『嵐』と思われる事態がやってきたのは、昼休みも中頃。緑間と高尾が昼食を食べ終え、食後のおしるこタイムに浸っていた時だった。
 高尾が延々喋りかけているにも関わらず、緑間は文庫本に視線を落としている。高尾を無視して読書に勤しんでいるのかと思いきや、時折相槌を打っているので話はちゃんと聞いているのだろう。器用なことである。
「ねぇ、緑間君。ちょっといいかな?」
 いつものスタイルで他愛も無い話に興じていたところ、不意に声をかけられた。顔を上げれば、ぴんと胸を張って瞳をにこりと細めた少女が二人の元へと近寄ってくる。
「あれ、吾妻じゃん」
「やっほー、高尾」
 ひらりと掌を振って、高尾と挨拶を交わした彼女は隣のクラスの吾妻だ。陸上部のホープとして期待されているスプリンター。そして一年生の頃から万年二位と呼ばれ続けている学年次席の才女だ。言わずもがな、主席は緑間がキープしている。
「ごめん高尾、緑間君と話をしたいんだけど今いいかな?」
「いいぜ!」
「というか、何故わざわざ高尾に許可を取るのだよ……。一体何の用だ?」
「生徒会長様が直々にどったの?」
 二人の態度に解せぬと緑間がため息をつくと、高尾がにやにやと笑いながら吾妻を揶揄した。彼女はつい先日行われた生徒会選挙でぶっちぎりの得票数を獲得した、秀徳高校現生徒会長である。
 はっと何かに思い当たった高尾は、大仰な仕草で自分の頬へと両手を当てた。
「もしかして生徒会長自ら真ちゃんに告白とか!?」
「やっだー、何でわかったの!? もう、大きな声で言わないでよ恥ずかしいー!」
「えっ、マジで!?」
「なーんて。喜べ高尾、恋愛的な意味の告白じゃないから。真面目な話をしにきたの」
「ちょっとぉ、高尾ちゃんドキドキしちゃったじゃない!」
「もー、私が高尾を差し置いて緑間君とどうこうなるわけないでしょー!」
 ――そして秀徳高校きっての愉快犯とも名高い。
 真面目そうな外見とは裏腹にとにかく楽しいことが大好きな彼女は、全力でノリと勢いを通し周囲を巻き込んでいる。それでも憎めないムードメーカーなことも、実はしっかり者なこともあって信頼も厚い。
 そもそも高尾と仲良くなったきっかけというのも、大概初見で誰もが引く緑間のラッキーアイテムを面白いと評したことによる。緑間のことをのっけから楽しめるだなんて只者じゃねぇ……! と高尾が対抗意識を燃やし、やがて友情に発展したらしい。どうしてそうなるのか意味がわからないと、緑間は今も首を傾げている。
「無駄な掛け合いをしているなら、オレは読書に戻るが」
 先ほどから二人がきゃっきゃと戯れていて、一向に話が進まない。いい加減焦れた緑間は、止めていた本のページに再び目を落とし始める。
「やー、ごめんってば。読書しないでー!」
 丁度緑間の隣の席が空いていたので、苦笑しながら吾妻は椅子を引き腰を下ろした。それを一瞥して、緑間はぱたんと文庫本を閉じた。
「ものは相談っていうより、強制執行に近いんだけど」
「え、おい、まさか……」
「そのまさか。単刀直入に言うと、緑間君を生徒会副会長に任命したいなって」
「……はぁ?」
 意図を正確に汲み取って慌てる高尾と、瞠目する緑間に向けて、吾妻は嫣然と微笑んだ。
 秀徳高校の生徒会は、最長一年半の長丁場で活動を行う。正式な任期は二年生の六月から一年間。生徒会執行部として役割を全うした後、残りの半年は任意で慣れない新生徒会役員のサポートに回る。
 選挙によって立候補者から生徒会長、書記、会計の五名が選出される。但し、副会長だけは、生徒会長による指名制だ。
 今期生徒会が発足されて以来、副会長が抜擢されたというニュースは未だ流れていなかった。
「ちょっと待った! 緑間がうちのエース様だってこと、知ってるよなお前」
 ばんと机を掌で叩き、眉を顰めた高尾が吾妻に抗議を送る。高尾は愛想を崩すととたんに目つきが悪くなり、威圧感が増す。しかし高尾の鋭い視線など全く意にも介せず、吾妻は鷹揚に頷いた。
「当然、緑間君が全国区であるうちのバスケ部のエースだなんて、言われなくてもわかってるわよ。三位じゃ満足していないこともね。そこを承知の上で、お願いしたいなって思ったの」
 緑間は去年のウィンターカップで、全国三位に導いた立役者の一人である。それを成し遂げるためにどれだけの時間を部活に費やしているか、同じ運動部なら身に染みてわかるだろう。緑間の練習に対する熱心さは、運動部の中ではとりわけ有名だ。加えて緑間は勉学にも秀でている。まさしく秀徳高校が掲げる文武両道の見本のような男である。
 だから優秀な彼を生徒会に引き入れたい気持ちもわからなくはない。けれども生徒会役員を引き受ければ、嫌が応にも業務に貴重な時間を取られてしまう。その分、練習ができなくなるのは目に見えている。まだ全国制覇という目標を果たせていないのだ。そのためには緑間の力は欠かせない。それをわかっていながら、負担を強いるのはどうかと高尾は言っているのだ。
「落ち着け高尾」
「だってさあ、真ちゃーん!」
 警戒心むき出しに噛み付く高尾を制して、緑間は真っ直ぐ吾妻を見つめた。
「……何故オレに?」
「学年主席っていうのも勿論なんだけど、それ以上に緑間君の発想力が生徒会にとって刺激になるんじゃないのかなと思ってね。緑間君はしっかりしているし、仕事も早くて的確、実は結構面倒見もいい。それに案外よく周りを見て動いているでしょう?」
 吾妻の指摘に緑間は目を丸くした。いつだって周囲の状況を素早く察知し、空気を読んだ行動を取って、上手に場を切り盛りするのは高尾だったから。そんな風に緑間を評したのは、今までで赤司と当の高尾くらいである。
 我儘だの扱いづらいだの言われているけれども、細かく窺っていると緑間は決して身勝手ばかりを通しているわけではないことがわかるはずだ。気が付きにくいが廻りまわってみると、実は緑間の我儘が功を奏していたということも多々ある。所々電波だし、圧倒的に言葉が足りず、理解をされようとしないせいで誤解されがちだが、彼は基本的に指導者側向きなのだ。
「そんなトビキリの人材、放っておけるわけないじゃない」
 吾妻は挑むような眼差しで、緑間の視線を受けた。
 バスケに集中したいというのが、緑間の率直な気持ちだ。前回惜しくも全国制覇を果たすことができなかった。あの悔しさを胸にリベンジしたい。その気持ちは絶対に譲れない。
 けれどもここまで自分を買ってもらえているのに、応えられないのは心が痛む。揺れているのは、やってやれなくもないという現状のせいだろう。なまじ有能なために、両立できるだろうという自信もあった。
 しかし決定打に欠けるのも事実だ。吾妻ができる女なのは、高尾経由で緑間も知っている。緑間がいなくても、きちんと学校をより良くするために尽力するだろうことは容易に想像できた。
 さてどうしたものか。緑間の一年を捧げるに足るものかと悩む。やりがいは間違いなくあるだろう。それと引き換えの代償は、緑間にとっては大きい。
 するとぶすっとむくれつつも、大人しく展開を見守っていた高尾が横から茶々を入れた。
「……んで、本音は?」
「その方が絶対面白いからに決まってるでしょ、言わせんな! あと美人がいればヤル気も華やかさも出るじゃない!? 美味しいでしょ!?」
「デスヨネー! 高尾ちゃん知ってた! 真ちゃんの生徒会副会長っていう肩書き、ヤッベー何それカッコイイ!」
「友よ!」
「友よ!」
 ぱちーんと示し合わせたように、高尾と吾妻は華麗にハイタッチを決めた。息の合った所作から生まれた見事な快音は、周囲から注目を浴びる。そのまま高尾は口の端をつり上げて不敵な微笑を浮かべた。
「だが断る!」
 しかしそれとこれとは別らしい。
 さっきまでの真面目な雰囲気はどこにいったのだよと、めまぐるしく繰り広げられる茶番に緑間は内心で突っ込みを入れた。落差が酷い。頭痛が込み上げてきそうだ。緑間は思わずこめかみを押さえた。
「だから何故お前が口を出すのだよ、高尾」
「真ちゃんのことなんだから当たり前だろ! 交渉するなら、まずマネージャーであるオレを通してからにしてくれ!」
「ということは、相棒は降格でいいのだな」
「あっ、ごめんなさい嘘です。すみません。相棒リストラしないで下さい!!」
 ぺちりと頭頂部を叩かれて、すごすごと高尾が机の上に撃沈する。それを横目で見やって緑間はため息を付いた。
「……悪いが、断らせていただくのだよ。練習時間を減らしたくない。それにオレ一人引っ張りこまずとも、吾妻ならきちんと生徒会を回せるのではないか?」
「そう言うと思った! ま、こっちを評価してくれるのはありがたいんだけど、やっぱり補佐が欲しいのよ」
「正直、お前のテンションについていける気がしないのだよ」
「高尾とつるんでるくせに、そんなことは言わせないわよ」
「ぐぅ……」
「まあ、もうちょっとだけ話を聞きなさいって。副会長になることで多少なりとも貴重な緑間君の時間が犠牲にしてしまうのは、こっちだってわかってる。だから勿論ただでやってほしいだなんて言わない」
「どういう意味だ?」
「いくつか、交換条件をつけましょう」
 吾妻は獲物を見つけた猫のようにしなやかに目を細めると、指を四本立てた。そのうちまずは人差し指を折る。
「一つ目は生徒会業務の軽減。生徒会の仕事は、時間がある時にやってくれればオッケー。大体は私が処理するし、実はそこまで多くはないの。補佐って言ったでしょ? 緑間君はご意見番みたいな立ち位地で、相談にのってもらったり、気付いたことを上げてもらいたいの」
「ふむ……」
「あ、週一の生徒会会議だけは参加必須だけどね。勿論、忙しいときは手伝ってもらうわよ。それでも部活に大きく支障がでるほど関わってもらわなくても大丈夫」
 これは随分と大きな譲歩だ。生徒会に所属しながら、緑間にかかる負担は半分程度と言える。しかしここまで贔屓が過ぎると、他の生徒会役員から反感を買いやしないだろうか。疑問を覚えて問えば、了承を得ているとのことでぬかりなかった。
「その代わり、バスケ部は絶対に全国制覇しなくちゃ許さないんだからね」
「当たり前なのだよ」
 突きつけられた条件は生半可なものではない。だが緑間は不敵に笑み、胸を反らして是と応えた。
「よっし、そうこなくっちゃ。んじゃ二つ目。放課後の部活延長申請と、テスト期間中の体育館使用許可申請の免除。先生への声かけだけしてくれればよくなるわ」
「そんなことができるのか!?」
「もち、生徒会特権よ」
「地味に便利じゃね? ずりー!」
 吾妻の提案に緑間も高尾も唸るしかなかった。
 定期考査の期間中、生徒は一斉に部活動停止となる。しかし成績優秀者のみ、許可を取れば体育館を利用することができる。だがここで意外と面倒になってくるのが、毎日提出が必要になる許可申請書だった。停止期間中にわざわざ体育館を開けるので、管理の意味合いもある。
 練習の居残り申請は、予め名簿が用意されている。必要事項を書き付け、居残りが終わったら終了時間を記載するのみの簡素なものだ。けれどこれも毎日となると、結構面倒になってくる。
 物騒な事件も多い昨今。学校側も誰が校内に遅くまで居残っているのかを把握する義務がある。仕方ないとわかってはいるのだが、かったるいことこの上ない。
 それが免除されるのは魅力的だった。
「三つ目。ラッキーアイテムが見つからなかった時、生徒会権限を発動して全校を挙げてアイテム取得に協力します」
「くっ!」
 薬指がゆっくりと折られた。もうこの辺りで緑間の心がぐらぐら揺れているのが見て取れた。吾妻は着々と緑間の弱い部分を攻めてくる。
「これはねー、下手すると学校側も死活問題だからね」
 吾妻も肩を竦めて、やれやれと苦笑した。
 緑間のラッキーアイテムの有無は、意外と馬鹿にできない。この一年で、流石に教職員含め全校が痛感している。特に順位が悪いと、緑間本人を基点に小さなことから大きなことまで、彼の意志に関係なく災厄が降りかかる恐れがある。誰が呼んだか特異点。巻き込まれては堪ったものではない。これまでに何度かからくもな状態に遭遇しているため、秀徳高校生は危険察知能力が高まってしまった程だ。今ではほとんどの生徒がおは朝を見ているのではなかろうか。げに恐ろしきは、おは朝である。
「既に先生たちにも申し入れしてあるの。これを認めてもらうために動いてたから、副会長のお願いに来るの遅くなっちゃったのよねぇ」
 根回しが周到である。緑間をどうしても引き入れたいという吾妻の意思が窺えた。
「そしてラスト」
 最後まで立っていた小指が畳まれる。唇を楽しげに歪めた吾妻は、もったいぶって一拍入れた。まだカードがあるのか。至れり尽くせりの状況に、緑間はこくりと息を呑む。
「生徒会のおやつの時間におしるこを導入します」
「副会長、やってやるのだよ!」
 完敗だ。緑間がうあああと頭を抱え、間髪入れずに応えた。
「ちょっとちょっと、真ちゃんったら即答しないでぇぇええ!!」
「俄然やる気が出たのだよ」
「緑間テメー、おしるこに釣られただろ!! オレ以外の人からおしるこもらっちゃいけません!」
「なっ……! おしるこ独占禁止! そんなの反対なのだよ!!」
 めっと高尾が叱る。知らない人から何かをもらっちゃ駄目よと諌められる幼い子じゃあるまいし。暴論に緑間は憤慨する。だが、高尾も譲らない。
「真ちゃんのおしるこは、オレが用意したいの!!」
「どれだけ下僕根性染み付いてるのよ、高尾!」
 目の前でやり取りされる子供じみた会話に耐え切れず、ふはと吾妻が吹き出した。
「うるせー! ヤなもんはヤなんだから仕方ねーだろ!」
「お前……小遣いが少ないと良く嘆いているのに……そんなにもオレにおしるこを?」
「おごられる気満々だね、真ちゃん!?」
 暫く高尾が諦め悪くおしるこを緑間に届けることがどれだけ重要案件であるか持論を展開し、最終的に生徒会と高尾との間におしるこ提供協定が結ばれることとなった。
 白熱したおしるこ協定に、緑間は清々しい表情で息を付く。この無茶振りの流れでどうせならばと思い立ち、吾妻へ尋ねた。
「吾妻、ついでに一つ条件を追加しても構わないか?」
「ついでの内容によるわね」
「二つ目の部活延長申請免除、高尾も一緒にしてほしいのだよ。オレが残るならこいつも残るからな」
「真ちゃん……」
「あらあら。仲良しね」
「それを許可してくれれば、副会長の件、受けても構わん」
「ちょ、マジかよ!」
「ああ。人事を尽くすのだよ」
 いきり立つ高尾に緑間はこくんと頷く。一瞬剣呑な雰囲気が流れたが、緑間が真剣なのを高尾も理解しているのだろう。ちっと舌打ちをして高尾が引いた。
 緊迫した様子が解けたのを見計らって、吾妻が強張った空気を打ち払うようにパンと手を合わせた。
「いいわ。でもテスト期間中は駄目よ? 高尾君の成績じゃわかってると思うけど」
「ああ。こいつが許可を取れるほどの成績をキープできるとは思えんからな」
「せめてもうちょっと文系が強ければねぇ」
「……人の成績勝手にディスってんじゃねーぞ、コラ」
 ひくりと唇を引き攣らせる高尾に、緑間と吾妻の二大成績優秀者は優雅な仕草で腕を組み、高尾へ「悔しかったらもっと勉強しろ」とばかりに蔑みの視線を投げてくる。無言の圧力。正直、高尾に勝ち目があるわけ無かった。
「なんにせよ、緑間君が了承してくれたことだし、速報流さなくちゃね!」
 吾妻はポケットからスマホを取り出すと、どこかへと連絡を取り始めた。彼女が通話を切った直後、放送部の昼休み放送が中断される。スピーカーから軽快にピンポンパンポンとお知らせを告げるチャイムが鳴る。放送の内容は、緑間が生徒会副会長に就任したことだった。
「おい、吾妻……」
「気が変わらないうちに、ね?」
 何だこの恥ずかしい仕打ちは。じとりと恨みがましく睨みつければ、吾妻は悪戯っぽくピースサインを返してきた。あまりの周到さに舌を巻くしかない。
 おおお、と教室からどよめきと拍手が沸き起こる。先ほどまでのやり取りを見守っていたクラスメイトたちから、頑張れよとかおめでとうとかいう声を掛けられる。正直、照れくさい。
「……大げさなのだよ」
「ふふん。全校で有名な緑間君だもん、このくらいやらなくちゃ面白くないでしょ。さて、これから副会長としてよろしく頼むわね」
「全く……。よろしくなのだよ」
 呆れつつも、差し出された手を取って握手を交わす。これで正式に緑間も生徒会のメンバーだ。まあ特典に釣られた部分はなきにしもあらずなのだけれども。
「明日の昼休み、他の生徒会メンバーと顔あわせをお願いするわ。お昼になったらお弁当持って生徒会室に来て頂戴。じゃあまたね」
 スキップしそうなほど上機嫌な様子で、吾妻は緑間に手を振って身を翻した。
 吾妻が去ると、賑やかだった緑間の周囲はあっという間に普段通りの静けさを取り戻す。まるで嵐が通り過ぎたかのようだと感じて、はたと思い当たった。おは朝の言っていた嵐とは吾妻のことだったのかもしれない。ならば得心が行く。改めておは朝の凄さに感心する緑間であった。
 漸く静かな環境に戻り、緑間は居住まいを正して読みかけだった文庫本を手に取る。けれども目の前の存在が気になって、開いた本を再び閉じた。
「……さっきから何なのだよ、高尾」
「だってさぁ……」
 頬杖を付いて外を眺めている高尾は、あからさまに機嫌が悪く歯切れが悪い。
「どうしてそんなにふてくされている。言いたいことがあるならはっきりしろ」
「いや、本当に大したことじゃねーんだって」
「……そんなにオレが生徒会副会長になるのは都合が悪かったのか?」
 高尾はぐっと言葉に詰まった。鈍い緑間でもわかる程、高尾は吾妻との会話に割って入ってきたから。
「気が早いって言われるからさ、いいよ」
 首を横に振り、高尾はへらりと笑った。ああ、これは気を遣って無理をしている時の顔だ。今を逃したら、高尾は二度と本心を話さなくなるだろう。
「何を気にしている。構わん。話せ」
「……だって、真ちゃんの負担になる」
「負担かどうかの判断はオレがする。だから言うのだよ」
 口ごもる高尾を促す。暫く高尾は逡巡していたが、緑間が引かないと理解をしたのだろう。やがて顔を僅かに背けてぽつりと呟いた。
「ウィンターカップ終わったら、真ちゃんに……副主将やってもらおうと思ってたんだよ」
「は?」
「だから……! ウィンターカップ終わったら、多分オレが主将になるだろ? そしたら真ちゃんには副主将やってもらいてーなって……」
 秀徳バスケ部には、主将、副主将、会計と三つの役職がある。通例として、ウィンターカップで三年生が引退した後、新体制の中で副主将二人のうちの一人を一年生から据える。将来的に主将を担う人物を早くから育て、部のまとめ方を実地で学ばせる意図あってのことだ。
 そして現在高尾は副主将に就任している。司令塔でありレギュラーというのも大きいが、コミュニケーション能力の高さや、人をまとめる力を買われ全員一致での決定だった。順当に行けば、高尾は今冬主将になる。
 恐る恐る様子を窺ってくる高尾に、緑間は拍子抜けしたようにきょとんと目を瞬かせた。
「何だ、そんなことか」
「そんなことって! 生徒会と被っちゃうじゃん……」
「ほんの半年程度だろう。副主将は中学の時にもやっていたから要領はわかっている。問題ないのだよ」
 胸を張り、高尾をじっと見据えて応える姿は酷く頼もしい。高尾の不安を一蹴した緑間は、僅かに相好を崩した。
「それにお前が主将になるのだから、心配することなど何もあるまい」
「あーもー、何だよそれ……!」
 全幅の信頼という名の緑間のデレが、高尾に直撃する。嬉しいとか、たまらないとか、困ったとか、泣きそうとか。一気に押し寄せてきた様々な感情を制御しきれなかったのか、珍しく高尾の顔が自然と歪んだ。だだ漏れな気持ちを見られたくなかったのだろう。堪らず俯く。眺めの前髪が邪魔をして、今彼がどんな表情をしているのか、緑間からは見えない。
「ちょ、ごめん、待って……」
 途切れ途切れの唸り声と深呼吸とを繰り返し、暫くして気持ちを立て直した高尾は迷いの無い表情をしていた。顔を上げ緑間を真剣な瞳で見つめた後、ばんっと机の上に手を付き高尾は頭を下げた。
「部は主将としてオレが支える。だから真ちゃんは副主将としてオレを支えてくんない? 真ちゃんの仕事、そんだけでいーからさ。やってよ、副主将」
「気が早いのではなかったか?」
「いいの! 他に真ちゃん取られる前に、今から予約入れとくの!」
 くすりと笑って揶揄するが、高尾は引かなかった。緑間はふうと息を吐いて、目の前に露出している頭頂部へ向けて軽くチョップを放った。急な衝撃に、高尾が上目遣いで視線だけを投げてくる。
「……真ちゃん?」
「そうやって気負う必要はないのだよ、馬鹿め。大体お前は一人で抱え込みすぎだ。副主将の仕事くらいちゃんとできる。オレを甘くみるな。いくらでも寄りかかれ。だからお前は駄目なのだよ」
 眼鏡のブリッジを上げ、発言の恥ずかしさを誤魔化すように視線を逸らし鼻を鳴らす。ばっと上半身を起こした高尾は、間抜けな顔で呆然と緑間を見つめた。じわりじわりと、強張っていた表情が崩れていく。やがて満面の笑みを浮かべた高尾は、緑間の手を握ってブンブンと振った。
「そんなにオレを喜ばせてどうしたいの、真ちゃんはさぁ……。あんがと。さっすが、オレのエース様!」
「……フン。このくらい大したことではないのだよ」


 教室の奥で勝手にいい雰囲気になった二人を、またチャリアが青春してんなーとクラスのみんなが生暖かい目で見守っていたのは言うまでもない。



 なお余談ではあるが、放課後の部活時間に大坪、木村、宮地のOBが気まぐれを起こして指導にやってきた。彼らはダレ気味だった部員たちを一喝し、ビシビシと厳しくしごいて帰っていった。
 懐いてた先輩が遊びにきてくれるのは嬉しいことこの上ない。しかし普段以上にクタクタになるほど練習に打ち込む羽目になった二人は、嵐はこっちだったかもしれない! と認識を改めるのであった。
 どちらにせよやはりおは朝は凄いのだよ、とは緑間の言である。

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