今年も高緑の日を御祝いできるのが嬉しいですねー。ということで高緑の日おめでとうございます。たかおおかみさんを見ていたら、こんなお話が浮かびましたがいまいちわかりづらくてすみません。
――高尾の「好き」は、軽いと思う。
例えば、オレが3Pシュートを決めた時。高尾の苦手な歴史のノートを貸してやった時。バスケの話をしている時。先輩たちと一緒にいる時。気に入っているバンドの曲を聞いている時。漫画を友人に借りた時。辛いものを食べている時。
高尾の唇は軽々しく「好き」を紡ぐ。
挙げてみればキリがないほど、高尾の中は、「好き」の言葉で溢れている。
「もー、真ちゃんってば、そゆとこ好きだわ!」
愛嬌のある笑顔で、高尾はオレに向かって良くそう口にする。
いつもと変わらない口調で、いつもと変わらないテンポで、いつもと変わらない抑揚で。高尾はオレを好きだと囁く。
真に受けるのも馬鹿馬鹿しいほど、何度も何度も。
オレに向けた「好き」の言葉も、どうせ先にあげつらった「好き」と似たようなレベルなのだろう。その場の雰囲気やノリで、好意や感謝を簡単に表現するために、ぽんと飛び出てくるだけの便利な言葉。重さも、本気もない、他愛のないやり取り。
別に、不愉快になるわけではない。素直に好意を示されて、悪い気はしない。
ただ、それがどこか軽いなと感じてしまうのは、常日頃から高尾がその単語を連発しているからだろうか。
たくさんある高尾のお気に入りの一つに、緑間真太郎という存在が組み込まれる。
それだけのこと。
なのに、そんな軽いものと一緒くたにされるのは、何故か酷く癪だった。
だから、オレはついこう返してしまう。呆れ気味に仰々しくため息を付いて、眼鏡をくいと押し上げながら。
「……またそれか。フン、下らない。オレはお前のことなど、別にどうとも思っていないのだよ」
友人に向けて発するにしては、些かキツかっただろうか。なかなか素直になれないオレは、心にもないことをつい言ってしまう。勿論、こういう時の高尾の「好き」があまりにも軽薄に感じられるから、反発心がなかったわけではない。
高尾はきょとんと目を瞬かせた。暫しの沈黙。珍しく長く落ちた静かな時間に気まずくなって、思わずちらりと一瞥する。すると、全く意図の読めない表情を見せて、高尾はブハッと吹き出した。
「ひっでーな、真ちゃんは」
変わらない様子に、少しだけほっとする。
高尾は、オレの居丈高な発言でさえスポンジのように吸い取って、やんわりと受け止めてしまう。甘やかされているとすら感じる。何だか急に気恥ずかしくなって、オレはフンと鼻を鳴らした。
オレの葛藤など知りもしないで、高尾は拗ねたように唇を尖らせるとぶーぶーと不満を漏らした。
「どうとも思っていないなら、オレは真ちゃんにとって一体何なのさ」
「そうだな……。やはり下僕が一番しっくりくるのだよ」
「相棒とまではねだんねーから、せめてダチに昇格してぇ! オレはこんなにお前のこと好きなのに!」
「こら! ひっつくな、鬱陶しい!」
高尾が腹筋を震わせながら、オレにしがみついて請うてくる。一体何の茶番か。これは絶対、揶揄ってオレの反応を窺っているのだろう。何せ、高尾の瞳は酷く愉しげに細められているのだから。
こんな風に、高尾の「好き」は、挨拶みたいに日常の中に取り込まれている。
* * *
――オレの「好き」は、どうも軽いらしい。
例えば、真ちゃんが3Pシュートを決めた時。テスト前にオレの苦手な歴史のノートを借してくれた時。バスケの話をしている時。先輩たちと一緒にいる時。気に入っているバンドの曲を聞いている時。漫画を友達に借りた時。購買のキムチ焼きそばパンを食べている時。
どれもこれも好きなもの。好きだから、「好き」って言葉が出てくる。「ありがとう」の代わりに、「好き」って言っちゃうこともある。好意や感謝を伝えるために、お手軽に使いすぎているかもしんない。でも、それって割と普通じゃね?
だけど、古風な緑間真太郎は、どうやらそれがお気に召さないらしい。
「もー、真ちゃんってば、そゆとこ好きだわ!」
オレが呟くと、ここのところの真ちゃんは、決まって眉根を僅かに顰める。特に自分に向けて「好き」と言われると、あからさまに不機嫌になる。
オレがバスケや、曲や、漫画や、キムチ焼きそばパンや、他の友達へ冗談交じりに使う「好き」と、自分が同等の扱いをされているのがムカツクみたいだ。
何それ可愛い。独占欲なの?
でも真ちゃん自身は、不愉快が表に出ていること、あんまり気付いていないみたいだ。無意識の行動なんだろうか。
オレが何気なく発してる「好き」に、大きさや重さの違いがあるだなんて、きっと真ちゃんはわかっていない。それが、たとえいつもと同じ口調で、いつもと同じテンポで、いつもと同じ抑揚だったとしても。乗せる気持ちも、高鳴る鼓動も、何もかもが段違いなのにね。
真ちゃんは賢いくせに、どこか鈍い。特に恋愛方面の機微には、疎すぎるくらい疎い。平静を装いながら、オレがどんな思いで真ちゃんに「好き」って伝えているか、全然わかってないのだろう。まあ、チャラいと評されるオレの性格もあるし、当然わからないようにしているからなんだけど。
そのせいだろう。いつしか、真ちゃんは、オレの「好き」っていう言葉を真面目に受け取ってくれなくなった。オレの純情をあしらうだなんて何て小悪魔だろう! なーんてな。
だけど、軽く扱われているみたいで嫌だって思いながらも、実は「好き」と言われるのは嫌いじゃない真ちゃんを見ているのは楽しい。それを見たいあまり、好きって言っちゃうのもあるんだけどな。
内心の嬉しさを誤魔化すために、真ちゃんはわざとらしく仰々しいため息を付いたりなんかする。本当、その面倒くさいところも、可愛いと思ってしまうオレは緑間病末期患者なんだろうなあ。
「……またそれか。フン、下らない。オレはお前のことなど、別にどうとも思っていないのだよ」
出た。
真ちゃんお決まりの、「どうとも思っていない」だ。
ウソツキだねぇ。自分が認めていないヤツを、隣に立たせるような男じゃないくせに。
真ちゃんは天邪鬼だから、口を付いて出るのは、友達に掛けるにしてはちょっとばかしキツい言動だ。
オレが無言を貫くと、暫くして言い過ぎただろうかと、居心地悪そうに窺ってくる真ちゃんがたまらない。まあここのところ慣れちまったのか、なかなか初々しい反応を見せてくれなくなったのは残念だけど。
「ひっでーな、真ちゃんは」
あんまりいじめるのも可哀想だから、何も気にしてませんよという体を装って、オレはにこりと笑う。真ちゃんがほっと安堵したのが見て取れた。本当、こんなにわかりやすいのに、何で真ちゃんの周囲の人は、真ちゃんを苦手だっていうんだろうね。
「どうとも思っていないなら、オレは真ちゃんにとって一体何なのさ」
「そうだな……。やはり下僕が一番しっくりくるのだよ」
大丈夫。ちゃんとお前がオレのこと大事にしてくれてるの、知ってるよ。すげぇ不器用だけど!
「相棒とまではねだんねーから、せめてダチに昇格してぇ! オレはこんなにお前のこと好きなのに!」
「こら! ひっつくな、鬱陶しい!」
だから、茶番でおさめてあげる。今はまだ、この微妙な関係が惜しいから。
だけど覚悟しろよ? いつかオレが本気になったら、絶対に逃がしてやんないから。
こうして、真ちゃんには届かないってわかっていても、オレは「好き」と言い続ける。いつかちゃんと届けるために。軽くても、積み重ねれば、そのうち重たくなるだろう?
* * *
――ある日、高尾が好きだと言ってきた。
それは、自主練を終わらせ、いざ帰ろうと準備をしていた部室でのことだった。
もう、何度目になるのかわからないやり取り。オレは、またかとため息を零して高尾を睨みつけた。
けれども、その様子は普段とは異なっていた。
熱を孕んだ真剣な瞳。真っ直ぐにオレを見据えるオレンジの虹彩。これ以上もなく真面目な雰囲気で、高尾はオレに好きだと言ってきた。
いや、まさか。どくり、と心臓が音を立てる。
しかし、即座に否定をする。
オレは高尾の「好き」を、信じることができなかった。
どうせまたいつもの、他の対象物に向けるような軽い「好き」に違いない。高尾はオレを揶揄うのが好きだから、真面目な振りをして伝えればひっかかるとでも思ったのだろう。そうはいかない。
オレは内心の動揺を押し隠しながら、視線をふいと逸らして眼鏡のブリッジを押し上げた。高尾が、直視できなかった。
「……またそれか。いい加減にするのだよ。オレは別に、お前のことなど、どうとも思っていない」
声が、震えてしまったのが情けなかった。
「オレの好きは、信じられない?」
「ああ」
「オレの好きは、そんなに軽いかな?」
「あんなに普段から軽々しく連呼しておきながら、何を言っているのだよ」
「だって好きなんだもん」
「そういうところが軽いと……!」
へらへらとした態度に、かっとなって怒鳴りつけるが、高尾はどこ吹く風だ。それどころか、皮肉めいた余裕のある笑みを浮かべている。
「真ちゃんだってさぁ、どうとも思ってないだなんて、適当なこと言ってるじゃん」
「なっ……」
高尾が、距離を詰めてくる。どうしようかと辺りを見回すも、逃げられるような場所はない。じりじりと往生際悪く後退をすれば、やがてロッカーに背中が当たってしまう。高尾はとんっとオレの横に片手を突いた。ぎぃ、とロッカーの扉が僅かに軋む。
「何とも思っていないのに、どうして真ちゃんはずっとオレの隣にいてくれるの?」
「それは……っ」
核心を突かれて、ぐっと言葉に詰まる。しかし、胸の内を素直に告げることができていたら、苦労はしていない。
高尾は意地悪そうに鼻を鳴らした。
「真ちゃん、オレのこと好きだろ?」
「……なっ、自惚れるな! だから、お前のことなんてどうとも思っていないのだよ!」
図星を差されて、頬に血が上る。頭はパニックを起こしていて、反射的に否定の言葉が口を突けば、高尾はゆるりと首を振った。
「信じない」
「へ?」
「真ちゃんがオレの好きって言葉を信じてくれないように、真ちゃんのどうとも思ってないを、オレは信じないよ」
オレは息を呑んだ。
何だか上手く手玉に取られている気がする。ころころころと高尾の掌の上で転がされている。時計の針は上手く動いているはずなのに、どこか歯車がかみ合っていない。そんなおかしなもどかしさを感じる。
「オレはね、真ちゃんのスリーが好き。バスケが好き。秀徳の先輩方が好き。音楽が好き。漫画も好き。キムチ焼きそばパンも好き」
一つ一つ、高尾が己の好きなものを上げていく。まるで指揮者のように、人差し指を虚空で振りながら。しかし、それがぴたりと止まると、オレに向けて指をさした。
「だけど、何よりも真ちゃんが一番好き」
オレンジ色の虹彩が、猛禽類が獲物を捕捉したかのように細められ、オレの瞳を射抜いた。その視線に射竦められてしまったのか、何故かオレは動けなかった。
「でも、信じてもらえないなら、信じてもらうようにするまでだよねぇ?」
高尾の爪先がくいと伸びる。いつもよりずっと近い距離で、高尾の唇がにぃと綺麗に弧を描いた。
「オレがどれだけ真ちゃんの事を好きか、じっくり教えてあげる。だから、大人しくオレに食べられちゃって?」