浮いていることと可愛げのないことを自覚しているせいで色々が抜け落ちている緑間♀さんと、そんな緑間さんに何となく振り回される宮地さんの小話です。緑間くんが女体化していますのでご注意ください。
(あー……集中できねー……できるわけがねー……)
パタリと机に突っ伏しながら、宮地は呻いた。開かれたままの赤本は、さっきから一ページも進んでいない。
宮地は深々とため息をつきながら、先ほどの出来事に思いを馳せた。
被食者緑間さんと捕食者宮地さんのお話
宮地清志と緑間真がお付き合いを始めてそろそろ一ヶ月が経過しようとしている。
すったもんだの逃走劇の末にくっついた二人だったが、ツンデレ同士のお付き合いなこともあり、素直になれず口ゲンカを繰り広げるのはもはや日常茶飯事となりつつある。あれはぶっちゃけノロケだとは高尾の言だ。とはいえ、それなりに順調にお付き合いは続いている。
季節も本格的に寒さを増した十二月の前半となり、学生の敵期末試験が近づき部活動も停止になる。特別許可をもらって一人練習に励んでいた宮地も、受験生の身故、さすがに試験がすぐそこに迫っている土日に関してだけはきっちり勉学に力を入れていた。
また、その日は緑間と共に試験勉強をするという約束をしていた。元々WCが近く部活により熱を入れていることも、宮地が受験生なこともあって、付き合い始めてからあまり二人でデートらしいデートもできていない。そこで、ささやかではあるけれども一緒にいられたらということで、約束の運びとなった。
午前中に軽くストバスに出向いた後、昼食をマジバで済ませてから、緑間を宮地の家に招いた。
試験勉強という名目ではあるものの、今更慌てて問題集に取り組むようなこともない。二人とも基本的に努力家な上に優秀なため、日々の予習復習は欠かしていなかった。緑間風に言えば人事を尽くしているので、各々のテスト範囲のおさらいを難なくこなしていくだけである。たまにわからない点を、緑間が宮地に訊いたりする程度のものだった。
高尾がいたら、「折角部屋に二人きりだっていうのに、どうしてそんなにクソ真面目なんスか!」と呆れられそうな内容である。
とまあ、そんな風に何の面白みもないまま試験勉強は進んでいったのだが。
(……どうしてこうなった)
今、宮地は緑間の手によってされるがままに頭を撫でられていた。
――振り返ること五分前。
さすがに休憩するかということになって、宮地は飲み物を作って持ってきた。緑間のものだけ甘くした温かいカフェオレに口をつけながら、試験に纏わる面白い話や部活の話など、ぽつぽつと雑談をしていた。
すると緑間がふと思い立ったように窓の外を眺めた後、宮地の顔をじっと見つめてきたのだ。
「緑間? どうかしたか?」
宮地が怪訝そうに首を傾げると、緑間は少しそわそわしながら腰を浮かせた。
「いえ……その。ちょっとじっとしていてもらっていいですか、先輩」
「あ?」
ずりずりと膝立ちで足を動かしながら、緑間は宮地の目の前へと移動してくる。
一体何をされるのかと宮地が警戒して身を引いたところ、徐に緑間が宮地の頭に触れた。
「!?」
「やっぱりなのだよ!」
「な、何だ?」
「先輩の髪の毛、ふわふわですね」
そう言って緑間は、満足げに眼鏡の奥の瞳をそっと細めた。なかなかお目にかかれない緑間の笑顔に、宮地はどきりとする。
気恥ずかしさを紛らわせるために、急に何事だと語気を強めて問えば、緑間は至極真面目な顔で、窓から差し込んでくる陽の光に反射して、宮地の蜂蜜色の髪の毛がとてもキラキラして見えたのだと返した。それを見ていたら、なんだか柔らかそうな触り心地が気になって、好奇心がわいてしまったということだった。全くもって斜めなことだと、宮地はげんなりする。
緑間は宮地の髪が気に入ってしまったのか、さっきから執拗によしよしと撫でてくる。緑間のテーピングに包まれたほっそりとした指が、まるでピアノを奏でるかのように優しい仕草で、宮地のややくせのついている髪の間を幾度もするりと通り抜けていく。
「何だかライオンに触っているみたいなのだよ」
うっとりと頬を微かに上気させ、ほんのりと口元を緩ませて緑間が呟いた。普段クールで無愛想で通っている緑間が珍しいことである。
実はあまり知られてはいないが、彼女は非常に可愛いもの好きである。ぬいぐるみか何かと一緒にされてるのではなかろうかと、宮地は内心苦虫を噛み潰した。
(ライオン、ねぇ……)
ふふっと上機嫌に声を漏らしながら宮地をかいぐりしている緑間は、やっぱりというかなんと言うか、無防備だ。そんな風に好きな子に触れられたら、こっちだって少なからずそういう気持ちになってしまうなんて、きっと目前にいる少女は微塵も思っていないのだろう。
宮地がライオンなら、さしずめ緑間は獲物として狙われてしまった哀れな子ウサギか。そんな録でもないことを考えながら、宮地は不敵にほくそ笑んだ。
「俺ばっかり触られてるのは割にあわねぇだろ。お前の髪も触らせろ」
「え?」
反撃開始だ。
緑間がきょとんと目を瞬かせている間に、お返しとばかりに宮地が緑間の長い髪を一房、手に取った。
「ふーん。やっぱり綺麗な髪だよなあ。するって抜けてく」
絡めては指をすり抜けていくさらさらした髪を、何度も弄ってはその感触を楽しむ。指通りの良い真っ直ぐな長い髪は、非常に宮地好みでご満悦である。
緑間は視線を落ちつかなげにうろうろと彷徨わせて、居心地悪そうにもぞもぞと身じろぎをした。
「もっ、もういいですか? 先輩」
最初にこんな至近距離まで近づいて来たのはそっちのくせに。
返事をせずに顔を緑間の肩口へと寄せる。すん、と鼻をひくつかせて匂いをかげば、シャンプーの甘めの花の香りが漂った。
「せ、先輩っ!?」
いたたまれずに慌てて後ずさろうとした緑間を、逃さないとばかりに宮地が拘束する。ぴくんと彼女の身体が跳ねた。
緑間が膝立ちのままなので、僅かに宮地が見上げる形で抱きしめる。
もう一度、艶やかな髪を手で掬う。宮地はそのまま慈しむようにそこへ口付けた。
「せ、せんぱ…い……」
相変わらず、緑間はこの手のスキンシップに慣れない。顔を真っ赤に染めて、小さな唇をわななかせて、困り気味に眉をハの字にして、面映そうに瞳を細める。少しだけ不安げに、少しだけ期待を孕んだ色で。
それが宮地の心をこれでもかとくすぐるのだ。
「緑間」
髪から唇を離し、声を低くして囁く。さっと緑間の眼鏡を外してテーブルに置くと、安心させるために一度微笑んでから、宮地は緑間へキスをした。
「んっ……」
ぎゅうっと緑間が目を瞑る。下から施されるキスの体勢が初めてだったせいか、普段よりも身体を堅くしたものの、緑間はゆるゆると力を抜いて宮地に委ねてきた。
(かーわい)
ちゅ、ちゅと啄ばむように繰り返し緑間へ口付ける。緑間もうっとりと気持ちよさげに瞳を閉じていた。
軽いものだけとはいえ、二人は何度かキスを交わしている。だが、初心な緑間のペースに合わせて、宮地は焦らずゆっくりとスキンシップを重ねていた。
(そろそろいいか……?)
緑間の様子を窺って、キスにも慣れてきたと判断し、宮地は次のステップへと進めてみることにした。
つん、と舌を伸ばして緑間の唇をつつく。今までにない宮地の行動に、不思議に思った緑間がはっと息を吐いて微かに唇を開いた。
「ん……っ!?」
できた隙間に舌を滑り込ませる。驚いた緑間が双眸を見開いて身体をびくつかせた。
怯えて奥に逃げた緑間の舌を追いかけて絡ませる。互いの舌をこすり合わせると、えもいわれない感覚が背中を走り抜けていく。ぢゅ、と唾液の立てる音が耳に響いて酷く卑猥だった。
「……っふ」
恥ずかしいのか緑間がやわく首を振るので、宮地は彼女の後頭部を押さえよりいっそう深く抱きしめると、包み込むように唇を塞ぎ直した。若干、緑間の甘い声に煽られていたのは否定できない。
与えられる快感にわけがわからなくなっている緑間は、頼りなげにきゅっと宮地の服を掴んでくる。それが何だか甘えられているみたいで可愛いと思う宮地の頭も、自覚がない程度に緩んでいた。
「ふ……んぁ…」
緑間の口腔内を舐めまわして蹂躙する。心地よい柔らかさの唇、仄かにカフェオレの味が残る舌先、淡く漏れる熱い吐息、全てが宮地の熱を上げていく。
羞恥心と、くすぐったさと、気持ちよさで翻弄されっぱなしの緑間は、何度も身を捩じらせ、肌を震えさせた。
調子に乗って宮地が舌を器用に滑らせ続けていると、やがて不意にがくんと緑間の腰が落ちた。
(あ、やべっ……)
そこで宮地ははっと我に返った。
正直な話、宮地自身ここまでキスに溺れるはずではなかった。ちょっとした意趣返しのつもりだったのに想定外だ。束の間とはいえ飛んでしまった己の理性の持たなさっぷりに頭を抱えつつ、腰の抜けてしまった緑間をゆっくりと床へと座らせた。
緑間ははふはふと浅く呼吸を繰り返しながら、くたりと身体を弛緩させている。
「悪ィ、大丈夫か!?」
酸素が足りていないのか、ぼんやりと気だるげな様子で緑間が頭をもたげた。頬を朱に染め上げ、唇からは飲み込みきれなかった唾液が僅かに零れ、てらてらと濡れている。眼鏡がないせいで焦点のぼやけた瞳は涙に潤み、長い睫毛がとろんと影を落としていた。
匂い立つ緑間の色気に、思わず宮地は労わることも忘れてごくりと生唾を飲み込んだ。
「はっ……こ……なの……知らな……」
乱れた息の合間に、途切れ途切れに緑間が呟く。小刻みに胸が上下する。ふるりと不安げに瞳が揺れて、弱々しく言葉が紡がれた。
「先輩に……丸ごと…食べられてしまうかと…思ったのだよ……」
まるで誘っているかのように聞こえる声音。
がつん、と金槌で頭を殴られた気分になった。緑間は宮地の理性をいとも簡単に崩してくる。
すぐ傍には、くったりと座り込んでいる美味しそうに乱れたままの極上の獲物。据え膳食わぬは何とやら。
だが、ほんのりと怯えを孕んだ瞳で見つめられて、宮地は待て待てと暴走しそうになる己の本能を叱咤する。これ以上、緑間を恐がらせてはいけない。
邪念を振り払うように宮地はぶんぶんと頭を振ると、落ち着かせるためにそっと緑間の髪を梳いてやった。
「驚かせて悪かった。もう何もしないから」
最後の足掻きとばかりに、ちゅと緑間の額に口付ける。
緑間は無意識なのだろう、一瞬ほんの少しだけ残念そうに目を細めてから、ほっと胸を撫で下ろした。何とも罪深い。
(うあああディープキスだけでこんな状態になってて、実際に抱いたらどうなっちまうんだあああああああ)
色事に関して殊更色々と抜け落ちている上に、天然だから始末が悪い。緑間、恐ろしい子。
宮地はこみ上げて来る煩悩と闘いながら、ゆっくりと素数を数え始めた。