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真ちゃんの妹ちゃんなんだから可愛いに決まってる!

05 06 *2013 | text

22巻ネタバレ含みます。といってもタイトルからしてネタバレになっちゃっているので申し訳ありません…。緑間くんのおうちと妹さんを捏造してます。




続き






「この通り、お願い! 真ちゃん! 勉強教えてくんない!?」


 夏休みが明けたばかりの二学期初め。まだ残暑厳しく、気だるい熱気の篭った体育館。
 通常練習からの自主居残り練習をこなし、いよいよ薄暮の校庭が闇に染まっていく頃。
 オレは神様仏様緑間様と、顔の前でぱんっと必死に手を合わせた。




真ちゃんの妹ちゃんなんだから可愛いに決まってる!




 オレに拝まれた真ちゃんは、これみよがしにはーっと、それはそれはふっかーいため息をつきながら、かちゃりと眼鏡のブリッジを押し上げた。
「だからお前は駄目なのだよ、高尾」
「そう言わないでよー、真ちゃん! 頼む、見捨てないで!」
 動揺しまくりのオレは、フンと鼻を鳴らす真ちゃんの腕を掴むと、若干涙目になってガクガクと揺さぶった。真ちゃんは前後に身体をふらつかせながら、「やめんか!」と青筋を立てて、全力でオレを引き剥がしにかかる。身体能力でオレが真ちゃんに敵うはずもないので、あっさりと逃げられ、ついでにぺちんと額を叩かれた。つれない、つれないぜ、真ちゃん!そんなところも好きだけどな!


 さて、どうしてこんなことになっているのかというと、事の発端は、居残り練習中の真ちゃんの発言からだった。


「そういえば、週明けに実力テストがあったな。テスト勉強は大丈夫なのか、高尾」
「は? 何それ」
「えっ?」
「えっ?」


 寝耳に水な発言に、オレはボールを繰る手を止めて、真顔で返した。
 お互いきょとんと目を瞬かせて、無言で見詰め合っている姿は、相当間抜けだっただろう。
 暫く経って、オレは真っ青になり、真ちゃんは眉間に皺を刻んだ。
「えっ!? 嘘ぉ、テストなんてあったっけ?」
「お前はバカか!? 一学期の最終日に、担任が言っていただろう? 二学期が始まったらすぐに、一学期の範囲を対象に実力テストがあると!」
「ぎゃー、マジで!? やっべー……オレ、夏休みに浮かれすぎてて、全然聞いてなかったわ……」
「……道理で、お前が余裕ぶっこいているわけなのだよ」
 やれやれ嘆かわしいと、真ちゃんは首を左右に振る。対してオレは、顔面蒼白のままがっくりと床に膝をついて項垂れた。冷や汗が背中を伝う。
「ああ、オレ、オワタ。このままじゃ、放課後補習決定じゃん……。部活どうしよ……。ぜってー宮地さんに殺される」
 進学高でもある秀徳は、文武両道がモットーで、勉強も部活動も両立することを良しとしている。そのため、成績が悪かったり、急に落ちたりすると、必然的にみっちりと補習が行われるのだ。
 オレの脳裏を、先ほど帰った先輩が、パイナップルを持って「殴るぞ」と、いい笑顔で脅してくる姿が過ぎった。放課後、補習で部活に参加できないなんてことになったら、パイナップルがオレの頭に容赦なく突き刺さるはずだ。最近、ややネタ扱いされつつあるパイナップルだが、多分あの人なら本気で殺る、あ、違った、やる。
 オレは、このままでは現実になりかねない想像に、思わず頭を抱えた。理系科目はまだいいにしても、文系科目――特に、英語と古典は、正直事前に勉強しないで赤点を免れる自信など、ぶっちゃけなかった。
 こうして、主席をキープしている真ちゃんに、必死のお願いを決行する冒頭へと戻るわけである。
 真ちゃんはぶつぶつ文句を零しながら、オレに揺さぶられたせいでズレた眼鏡の位置を直した後、不承不承といった体で、両腕を組んでふんぞり返った。
「仕方ない……。今日はもう練習を切り上げて、うちに来るのだよ、高尾。ヤマをはってやる」
「えっ、本当!?」
「勘違いするんじゃないのだよ。お前の成績なんぞ、オレはどうでもいい。ただ、放課後お前が練習に出られなくなったら、バスケ部が困る。それだけなのだよ」
 つんと顎を反らして、真ちゃんが上から目線で応える。言葉がきついのは、照れ隠しが含まれているからだ。はいはい、ツンデレ。長らく付き合ってきたオレには、もうお見通しである。
 真ちゃんは優しい。生来の世話焼き気質もあるのだろう。困っていると、何だかんだ言いながらも、最終的にちゃんと面倒をみてくれるのだ。
 光明が差したことに嬉しくなって、オレは真ちゃんにぎゅっと抱きついた。
「しっ……真ちゃあああああん!! やっぱり、持つべきものはオレのエース様! ちょー愛してる!」
「ウザいのだよ! 離れんか!」
「いでっ!」
 オレ渾身の愛情と感謝を込めた抱擁は、真ちゃんに手刀をくらってあえなく終わったのであった。


***


 直に真ちゃんちに行くということになったので、チャリアカーは学校に置き去りにした。真ちゃんちには駐車スペースがないし、何よりあの家にはチャリアカーが恐ろしいほどそぐわない。というわけで電車と徒歩で、真ちゃんちへ向かう。滅多にないことだから、何となく新鮮だ。
 代々医者の家系であるらしい緑間家は、一般家庭に比べて裕福なため大きい。毎朝毎晩、チャリアカーでの送迎時に訪れてはいるが、改めて暗闇の中聳え立つ家を、でかいなあと仰いだ。
「そういや、真ちゃんちに上がるの初めてじゃね?」
「軽々しく人を招かんからな」
「うおー、真ちゃんのお宅拝見じゃん」
「煩いのだよ」
 きぃと門扉を開けて、真ちゃんが敷地内に入っていく。それに続いて、好奇心丸出しで周囲へ無遠慮な視線を漂わせながら、オレも真ちゃん宅へと足を踏み入れた。
「ただいまなのだよ」
 余裕のある玄関は吹き抜けていて、とてもゆったりとした印象を与える。オレんちのゆうに二倍はあった。収納棚の上には、ちょっとした観葉植物と、花の生けられた花瓶が飾られていて華やかだ。
 向かって左手は、二階へ繋がる階段がある。右手のドアは、位置的にリビングに通じているのだろう。正面奥に折れたところから垣間見える引き戸は、風呂場に続く扉だろうか。何にせよ、一瞥した感じ全体的に広々としていて、清潔感のある綺麗な家だった。
 きょろきょろと興味深そうに首を巡らせているオレを横目に、真ちゃんはさっさと靴を脱いで揃えると、ホールへ上がっていく。
「お邪魔しまーす」
 そわそわしつつ、オレも出してもらった客用スリッパに履き替えさせてもらう。すると、右手前方のリビングのドアがかちゃりと開いた。真ちゃんのお母さんあたりが、わざわざ出迎えてくれるのだろうか。
「あっ、おかえりなさい」
 しかし、耳に届いた声は、あどけない少女のそれで。
「おにいちゃん!」
「ああ、ただいま。いい子にしていたか?」
「うんっ」
 ドアから姿を現したのは、真ちゃんと同じ髪色をした、まだ幼く可憐な美少女だった。
「母さんは?」
「おにいちゃんのごはんをつくってるよ」
 目の前で繰り広げられる光景に、オレは雷にでも打たれたかのような衝撃を受けて、その場に固まってしまった。
(おっ、『お兄ちゃん』……だとおおおぉぉおお!?)
 思いも寄らない単語が飛び出してきたことに、叫び声を上げなかった俺を、誰か褒めて欲しい。
 オレはかっと刮目して、『鷹の目』を発動させてしまった。
 少女は、まだ幼稚園くらいの年頃だろうか。細くて華奢な身体は、ふわふわとしたワンピースに包まれており、いいところのお嬢さんといった感じだ。真っ直ぐな髪は若葉色で、肩口で綺麗に切りそろえられている。髪を飾る赤いリボンが、良く似合っていた。大きな瞳は翡翠を宿しており、睫毛はいわずもがな、上も下もばっさばさに豊かに長く伸びている。真ちゃんとそっくりな整った容姿だけど、小さな女の子なせいか、ふっくらおっとりした印象があって何とも愛らしい。まるでお人形のようだ。将来、美人になることは間違いない。どう考えても、緑間家の遺伝子しか感じられなかった。
「えっ……ちょ…その子って……もしかしなくても、真ちゃんの妹ちゃん?」
「だっ、だぁれ?」
 つい大きくなってしまったオレの声に、少女はびっくりしたのか、きゅっと真ちゃんの足にしがみついた。恐がらせてしまったようだ。少女は真ちゃんの影に隠れて、こちらをそっと覗き込んでいる。
 真ちゃんはそんな少女を安心させるためか、腰を屈めて頭を撫でていた。身長差が物凄い。
「おい、大声を出すな、高尾。妹が怯えるだろう」
「うわぁ……やっぱり妹ちゃんなの?」
「そうだが。一体それがどうしたのだよ?」
「だって、真ちゃんに妹がいただなんて、オレ知らねーもん。初耳!」
「む? そうだったか?」
 真ちゃんははて、と小首を傾げた。元々、あまり自分のことを話したがらない真ちゃんである。真ちゃんとつるみ始めて、そろそろ半年経とうとしているけれど、未だ知らないことの方が多い。家族構成も、その一つだった。
「ていうか、真ちゃんって、絶対に一人っ子だと思ってたわ。あの我儘っぷりとか、奔放っぷりとか、兄ってキャラじゃないだろ……。うわー高尾ちゃん、完全に騙されたぜ……」
「うるせぇのだよ!」
 真ちゃんは、ぎんっと鋭い目つきでオレを睨みつけた。でも絶対に、オレの言葉は秀徳高校全員の気持ちを代弁しているし、同じ状況になったら、百人が百人同じことを言うと思う。
「もういないよな!? 更に兄とか姉がいるとか、弟がいるとか……はっ、実は双子でしたとか、そういうどんでん返しはないよな!?」
「アホか。兄妹は、妹だけなのだよ」
 呆れ気味にそう言うと、真ちゃんはおろおろとオレたちの会話を不安げに見ていた妹ちゃんを、慣れた手つきでひょいと抱え上げた。妹ちゃんは抱っこされたのが嬉しいのか、先ほどよりはリラックスした様子で、真ちゃんの肩に手を伸ばしている。ちっちゃな肢体は、真ちゃんが抱っこすると、すっぽりと腕の中に納まる程だ。体格差が大きいせいで、本当に真ちゃんが人形を抱えているように錯覚してしまう。
 真ちゃんは、妹ちゃんを抱き上げたまま、オレの方へと近づいてくる。天使が天使を伴ってやってくるよ。何だこれ宗教画?それともパト●ッシュ僕はもう疲れたよって言う流れ?お迎え来ちゃった?なーんてアホみたいな思考回路を経て、最終的に全く絵になる美形兄妹だなと、オレはぼんやりそんなことを考えていた。
「こいつはオレの友人の高尾だ。ほら、ちゃんとご挨拶できるだろう?」
 ぽんぽんと背を優しくあやして促しながら、真ちゃんが慈しむみたいな表情で穏やかに妹ちゃんに微笑みかけた。最近はたまに浮かべるようになったとはいえ、真ちゃんの微笑なんてレアである。あの真ちゃんも、妹には弱いのか。こうしていると、真ちゃんがきちんと『兄』に見えるのだから不思議ものだ。よくよく考えれば、我儘なくせに異常に面倒見が良かったのはこのせいかと納得した。
 意外な真ちゃんの姿を目の当たりにして、オレがほけっと間抜けな顔で立ち尽くしていると、妹ちゃんははにかみながら、ぼそぼそっと消え入りそうな挨拶をくれた。
「こっ……こんばんは……」
「こんばんは! 高尾ちゃんでっす」
 手をひらひらと振って、オレは愛想良くにっこりと笑顔を返す。さすがに『なのだよ』語尾は、真ちゃんの専売特許なのだろう。妹ちゃんからは発せられなかった。
「たかおおにいちゃん?」
 物珍しそうに、オレをちらちらと窺っていた妹ちゃんが、こてんと頭を微かに傾けながら呟いた。
 無垢な翡翠色の瞳にじっと見つめられ、高くほんのり舌足らずな声でおにいちゃんなんて呼んでもらって、つい悶えそうになった。やだ、妹ちゃんマジ天使じゃない!?お兄ちゃんなんて呼ばれ慣れているけど、真ちゃんそっくりな妹ちゃんに呼ばれたということが重要なのである。
 思わずへらっと表情を緩ませていると、真ちゃんが剣呑な雰囲気を纏わせてちっと舌打ちした。おい、今物凄い顔だったぞ、真ちゃん。さてはシスコンだろう、お前。さっきまで妹ちゃんに見せていた慈悲を、少しでいいからオレにも分けてくれよ。
「こんなのは『バカ尾』でいいのだよ」
「ばかお?」
「コラ、真ちゃん。いたいけな妹ちゃんに、変なこと教え込むのやめて」
 なー?なんて軽く同意を求めてみると、妹ちゃんは面映かったのか、さっと頬をピンクに染めて、すぐさま真ちゃんの首筋にしがみついて、顔を埋めてしまった。
 真ちゃんが名を呼んで背中を撫でて宥めてくれたりしたものの、妹ちゃんは嫌々と首を振って顔をあげようとしない。こうなってしまってはお手上げのなのか、真ちゃんはそっとため息をついた。
「すまないな。まだどうにも人見知りが激しくて」
「ああ、いいっていいって。ちっちゃい子だし、気にすんなよ」
 真ちゃんも、幼い頃はこんな感じに人見知りをしていたのだろうか。ゆうに想像ができてしまって、何だかにやけてしまう。
「少し待っていてくれ。妹を母に渡してくる」
「あいよ」
 バイバイと手を振ってみたら、真ちゃんの肩越しに妹ちゃんは小さく手を振り返してくれた。やっぱり天使だろ。


***


 リビングから戻ってきた真ちゃんは、妹ちゃんの代わりに、サンドウィッチとスープと飲み物の乗ったお盆を手にしていた。予め連絡してあったせいか、真ちゃんのお母さんが、オレたちのために軽い夕食を用意してくれていたそうだ。急に押しかけたのはこちらなのに、至れり尽くせりで申し訳ない。今度遊びにくる時には、必ず手土産を持ってこよう。
 廊下に放置してあった、真ちゃんのカバンとエナメルをオレが回収して、二階の真ちゃんの部屋に引っ込む。部活後でお腹がぺこぺこだったオレたちは、勉強の前にまずは腹ごしらえと、ありがたく食事にありついた。
「はー。それにしても真ちゃんの妹ちゃん、ちょー可愛かったなあ。もちろん一番はうちの妹ちゃんですけどー」
 BLTサンドを咀嚼しながら、デレデレとオレは先ほどの妹ちゃんの姿を脳裏に思い浮かべた。あんな真ちゃんのミニチュアみたいな子が懐いてくれたりしたら、絶対に溺愛してしまうこと間違いない。もっと話してみたかったのに、人見知りなのはちょっと残念だ。まあ、これから徐々に仲良くなっていけばいいけど。
「つか、いくつ離れてんの?」
「十ーだ。来年、小学生になるのだよ」
「結構離れてんのな。だから余計に、真太郎お兄ちゃんとしては、猫っ可愛がりしてるわけかー?」
 にやにやと冷やかしてみれば、真ちゃんは苦虫を噛み潰したように渋面を作った。
「うるさい。黙って食え」
 といわれても、恰好の弄るネタをゲットしてしまったオレの口が止まるわけもなく。
「妹ちゃんってば、真ちゃんそっくりの美少女だよな。ってことは、妹ちゃんが大きくなったら、女の子真ちゃんになるのか。やべー、ちょー見てみたい」
 思わず、女の子な真ちゃんを頭に思い浮かべてみる。元々真ちゃんは中性的な顔の美人さんなので、髪を伸ばして、身長を縮めて、出るところ出して、秀徳の制服を着せるという脳内変換をかけてみても、違和感がないのが素晴らしい。万歳、オレの想像力。ああ、夢が膨らむ。
 なんてはしゃいだ妄想を繰り広げていたら、真ちゃんがまるで虫ケラでも見るかのような目で、オレを蔑んでいた。
「……高尾、妹はお前には絶対にやらんぞ?」
「ブッフォ……! いきなり何言ってんの、真ちゃん!?」
 まさかの牽制にむせた。食べていたサンドウィッチを吹きだしそうになるのを、かろうじて堪える。オレがごほごほと咳き込んでいるのに、真ちゃんは胡乱げにじっとりと視線を険しくした。
「いや、お前なら手を出しかねんと思って……」
「ちょっと待って! オレ、ロリコンじゃないかんね!?」
「オレの妹くらいの年齢の少女を性の対象とするのは、ロリータ・コンプレックスではなく、ハイジ・コンプレックスというのだよ、バカめ」
「そんな訂正どうでもいいし、何でそんなこと知ってンだよ!?」
 疑わしげな真ちゃんの眼差しが突き刺さる。やめて、頼むから変な誤解を招く発言は勘弁してくれ。
 オレは飲み物を口に含んでふうと息を付くと、一旦落ち着きを取り戻してから反論した。
「あのなー、真ちゃんの妹ちゃんなんだから、可愛いに決まってンだろ。でも、オレが一番可愛くてたまんないって思うのは、真ちゃんなの! だから、真ちゃん以外はいらねーよ!」
 今度は、真ちゃんが盛大にむせる番だった。
 してやったりと不敵に笑いかければ、うろたえた真ちゃんは、左手の甲を唇に当てて、かあっと頬を真っ赤に上気させた。……そういうところが、可愛いっていっているんだけど、鈍感な真ちゃんは気づかないのだろう。
「なっ……何をバカなことを言っている! そんな暇があるなら、さっさと食べて勉強するのだよ!」
「へいへい~」
 からかわれたと思ったのだろう。機嫌を損ねて、つんっとそっぽを向いてしまった真ちゃんに、本気なんだけどなあと呟いたら、また頭を叩かれた。
 ……暴力反対なのだよ。

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