浮いていることと可愛げのないことを自覚しているせいで色々が抜け落ちている緑間♀さんと、そんな緑間さんに何となく振り回される宮地さんのお話シリーズです。緑間くんと黒子っちが女体化していますのでご注意ください。何も更新ができないまま5月が終わりそうなので、分割掲載することにしました。のんびり続きをお待ちいただけると…。
一月一日元旦晴天。
秀徳高校男子バスケ部スタメン三年生に緑間と高尾をプラスした一行は、初詣に訪れていた。三年生たちが、センター試験を間近に控えているので、折角だし、皆で合格祈願をしましょうと、高尾が提案したのだった。
「宮地サン、真ちゃん! あけましておめでとうございまっす!」
「おう、あけおめ」
「あけましておめでとうなのだよ」
宮地と緑間が待ち合わせ場所に着くと、高尾がぶんぶんと手を振りながら、元気良く二人の元へと駆け寄ってくる。高尾に遅れて追いついてきた大坪と木村とも、新年の挨拶を交わした。
「ていうか、真ちゃん着物じゃないんだね? オレ、楽しみにしてたんだけどなあ」
「母が着せたがっていたのだがな。動きにくいと思って、断ったのだよ」
「えー、勿体無い。絶対似合うのにー!」
心底残念そうな顔で、高尾が唇を尖らせた。そんな高尾の様子を見て、緑間がつい、ふふっと声を立てる。
「……えっ、何? 真ちゃん」
「い、いや、何でもないのだよ。プ……」
「おい、緑間ァ……」
肩を震わせて笑う緑間を、宮地が威圧的に射るような視線を投げかけてくる。が、緑間には効き目がなかった。
「すみません、宮地先輩」
「えー! 二人だけでわかりあっちゃっててズリィ!」
高尾が何だ何だと騒ぎ立てるが、宮地の名誉のために黙っておこう。実は、宮地が緑間を迎えに来た時に、先ほどの高尾と同じようなやりとりをしただなんてことは。
「ほら、混雑しているし、のんびりしていないでそろそろ行くぞ」
苦笑交じりの大坪の一言で、雑談をぴたりと止め、はーいと皆が後に続く。元主将の統率力は、引退しても健在である。
待ち合わせ場所から神社はそう遠くなく、受験の近況や部活の話をしながら、和気藹々と参道を歩く。鳥居をくぐると、やはり随分参拝客で賑わっていた。普段は閑散としている神社が、夏のお祭りと並んで混雑する日だ。人の波に揉まれながら、五人は参拝の順番を待った。
「おい、緑間」
「はい?」
「はぐれないように、手ぇ繋いでやろうか?」
にやにやと揶揄するような顔で、隣の宮地がそっと囁いてくる。緑間は、さっと頬を朱に染めながら、宮地を睨みつけた。
「意地が悪いですよ、先輩。子ども扱いしないで下さい」
とはいうものの、予想以上の人手で、なかなか思うように動けない。既に宮地と緑間は、三人から少し遅れてしまっていた。
「わっ!」
とんっと肩を押される。緑間がつんのめって流されそうになるのを、宮地が慌てて手を取り、自分の元へと引き寄せた。結局、自然と手を繋ぐ形になってしまったので、二人はバツが悪そうに顔を見合わせた。
「言った傍からはぐれんなよ」
「不可抗力なのだよ……」
「ったく。それにしても、すっかり置いてかれたな……ま、大坪たちがでけぇから、わかりやすいけど」
「先輩も目立ちますから、いい目印になりますよね」
「お前がそれ言うかー? 轢くぞ」
「新年初の轢くぞ、ですね」
物騒な物言いだというのに、緑間の唇は柔らかく緩んだ。
「先輩たちが引退してしまって、ここだけの話ですが、冬休みの練習は、何だか張り合いがないです」
「まだ、新体制も出来上がったばっかだしな。まあ、そのうち慣れんだろ」
「居残り練習も、私と高尾の二人だけになってしまったのだよ」
「……それが一番心配だな」
宮地が目を険しくして歯噛みするが、緑間は何が心配なのかわからずに首を傾げた。
高尾のことを指しているのであれば、彼は緑間にとっては下僕であり、友人である。最近は、決して口に出したりなどしないが、心から出来た良い相棒だと実感しているとはいえ、高尾とは入学当初からずっと、付かず離れずつるんでいる関係だ。今更、宮地が心配するようなことなどない気もするのだが。
「……高尾ですよ?」
「あー……悪かったよ。気にすんな」
「いたっ」
宮地が大仰にため息を付いて、緑間の額を軽くデコピンする。いきなりの仕打ちに、緑間は額に手をやりながら、ぶすっとむくれた。
「理不尽なのだよ」
「うるせー。ったく、危機感を持て、危機感を」
宮地の『危機感を持て』は、すっかり緑間に対する口癖になっている。緑間としては、そこまで口を酸っぱく言われなくとも、危機感くらい持ち合わせているつもりなのだが、宮地的には全然足りてないらしい。解せぬ。
「なら、余裕がある時にでも、たまにでいいので、体育館にも来てください」
「おう。たりめーだ」
そんな風に雑談を交わしている間に、順番が回ってきた。二礼二拍一礼の神社の礼式に則ってお参りする。
賽銭を投げて、目を閉じ、手を合わせた。願いは人事を尽くして自分で叶えてこそだと、緑間は思っている。だから、自分のことは、専ら宣誓だ。神頼みは、他人に関することである。
(今年こそ、インターハイで優勝するのだよ。それから、先輩たちが、無事大学に合格しますように。あと……)
――宮地先輩と、今年も一緒にいられますように。
はぐれた時には社務所前で待ち合わせ、という取り決めをしていたので、参拝後再び合流する。先に到着していた三人は、合格祈願のお守りを購入したり、おみくじを引いていたようだった。
「お待たせしました」
「おっかえりー。おっ、大吉じゃん、ラッキー」
「幸先いいな、高尾」
「だが、大吉は、後は落ちるだけという説もあるな」
「ちょっと真ちゃーん! 人が折角いい気分になってるところを、さらっと落とすのやめてくんない?!」
わめいている高尾を無視して、緑間は厄除けのお守りと破魔矢を、それぞれ一つ購入した。縁起物としてだけでなく、今後のラッキーアイテムとして活躍する大事なものだ。お守り系は、特におは朝で指定されやすいアイテムだった。
今年もしっかり確保できたことに満足していると、おみくじを枝へ結んできた高尾が、緑間の背中にくいくいとひじを押し付けてきた。
「なぁなぁ。真ちゃんは、何をお願いしたの?」
「ああ、インターハイ優勝と、先輩たちが無事合格しますようにと」
その瞬間、三年生たちの間に衝撃が走った。ぎぎぎと、ぎこちない動きで、一斉に緑間を凝視する。三者の目は、一同に「何があったんだお前」と訴えていた。
「み、緑間が……俺たちのことを、願掛けした…だと……!」
「お前も成長したなあ」
「ブッフォ! 先輩、そりゃひでーっすよ! 今日はそのために来たンすから」
やんわり非難する高尾も、実のところ腹筋を押さえて笑いを堪えている状態なので、説得力がない。
「失礼な! 私だって、先輩方に無事合格して欲しいと思っているのだよ!」
男性陣に茶化されて、緑間は不服そうにむくれた。慌てて、宮地がどうどうと、彼女の頭に手を置いて宥める。
「そんな怒るなって」
「そうそう、宮地の言う通り。今までのお前の行動を考えれば、みんなびっくりするのは当たり前だろ」
「ははは、悪い悪い。ありがとう、緑間。うちの女子エースの祈願だ。気合を入れないとだな」
「宮地は、彼女からの応援で、勉強捗るんじゃねーのか」
「うっせーよ、木村」
宮地だけでなく、大坪、木村にも囲まれ、伸びてきた大きな掌に、よしよしと頭を撫でられる。面映さから硬直してしまった緑間は、三年生たちのされるがままだ。直接的な親愛表現にはまだまだ慣れなくて、緑間の頬に、自然と熱が集まる。そんな様子を、高尾がにやにやと口角を上げて見物しているのがまた癪に障って、ぎっと睥睨する。しかし、この雰囲気そのものは、悪い気はしなかった。
結局、緑間が「いい加減恥ずかしいのだよ!」とキレるまで、悪ノリした三年生たちに、ぐりぐりとかいぐりされるのであった。
初詣の後、五人はマジバに陣取って、昼飯を兼ねて暫くダベっていた。正月早々、開いている店は、ファーストフードやファミレスなどに限られてくる。そのせいで、マジバは初詣帰りの客でごった返していた。
さすがに混雑している中、いつまでもダラダラと居座っているのも迷惑になるし、これから緑間が親戚回りに赴く予定があったので、程よい頃合で解散となった。
三人に別れを告げて、宮地と帰路へ付く。二人きりになると、どちらともなく手を絡めて繋ぐようになっていた。最初はお互い照れがあって、意地の張り合いのような喧嘩になったりもしたけれど、今はもうすっかり馴染んでしまった。
一人でも問題なく帰れたのだが、宮地はこういう時、律儀に送り迎えをしてくれる。ウィンターカップ終了後、緑間は部活の新体制に慣れるため、宮地は受験勉強追い込みの時期なこともあり、年末はお互いろくに時間を裂けなかった。だから、一緒にいられる時間が少しでも長くなることが、密かに緑間は嬉しかった。
「そういや、緑間は休み中は何するんだ?」
「自主練習と、あと課題は済ませてしまったので、予習復習をしようかと」
「お前……歪みねぇよなあ」
色気もへったくれもない返答に、宮地がちょっと可哀想な子を見るような目つきで緑間を眺めてきた。学生の本分は勉学だと思っているので、緑間からすると、当然のことなのだが。
「そうですか? ああ、それから四日に、キセキの面子で、新年会をやろうということになっています。とはいっても、あいつらのことですから、最終的にストバスに雪崩れ込むのでしょうが」
「おーおー、いいねぇ、バスケ馬鹿ばっかりだな。つーか、キセキって仲直りしたわけ?」
「そもそも喧嘩をしていたわけではないので、仲直りと言っていいのかはわかりませんが……。でも、こうやって、またみんなで集まれるのも、黒子のおかげですね」
曲者そろいの面子を、脳裏に浮かべる。バスケで袂を別った仲間たちは、やはりバスケで互いを競い、認め、再び集うことができた。中学の頃には何だかんだと、一緒に馬鹿をやっていた仲だ。互いの道がすれ違ってしまっただけで、決して憎いわけではない。だから、また談笑の場を持てることが喜ばしいと感じられる程度には、緑間の気持ちも穏やかな変化を遂げていた。
そして、こんな風に考えられるようになったのも、秀徳バスケ部のみんなのおかげだ。照れくさくて、今更口には出すことなんて出来ない。けれども、気持ちが伝わればいいなと、緑間は絡めた指に力をこめた。
「……緑間」
「何ですか」
「センター終わった次の週の日曜、予定絶対あけとけ。いいな」
「え?」
緑間がきょとんと目を瞬かせると、宮地は口ごもりつつ、後頭部を掻きながら、ぶっきらぼうに呟いた。
「あー、俺の気分転換、付き合えよ」
要するに、デートのお誘いである。緑間が拒否する理由もない。予定もないので、こくりと頷く。
「わかりました。……試験まで、あともう少しですね」
「だなー。ご褒美でもぶら下げとかないとめげそう……」
「人事を尽くしている先輩なら、大丈夫なのだよ」
「だといいけどな。何があるか、まだわかんねーし、最後まで気は抜けねーよな」
宮地は、はーと深くため息をついた。努力家な宮地は、元々部活と両立しつつ、普段から堅実な勉強をしていた。成績も、極めて優秀である。とはいえ、つい先頃まで部活に精を出していたこともあり、他の受験生と較べてあまり時間の猶予もない中、勉強漬けに突入した毎日は、色々と堪えるのだろう。
(ご褒美……)
ふむ、と宮地の言葉に反応する。とりあえず帰宅したら、すぐにカレンダーに丸をつけようと緑間は心に決めるのだった。
バスケットボールがリズミカルに弾む音は、いつだって心地よく、黒子を高揚させる。
正月の帰省で、折角キセキが一堂に会したと言うのに、やっぱりバスケをする流れになってしまった。否、キセキが集まったからこそなのか。黒子は、このバスケ馬鹿共めがと苦笑する。その中には、もちろん自分も含まれているのだけれども。
いつも利用しているストバスのコートで、今は男性陣が2ON2に興じている。桃井は審判を買って出ており、ホイッスルの鳴る音が、心なしか弾んでいた。
最初は、3ON3で黒子と緑間もゲームに加わっていたのだが、ハイペースで進むゲームに息が上がり一時休憩だ。さすがに、男子の体力に、女子が――というより黒子が――いつまでも付き合っていられるわけがなかった。
はぁはぁと、乱れた呼吸を整えながら、黒子は緑間と共にベンチへと腰掛ける。タオルで流れた汗を拭き、スポーツドリンクを飲んで、漸く一心地ついた。
「相変わらず体力がないな、黒子」
「煩いです、緑間さん。……これでも、ちょっとはマシになったんですよ」
ヘロヘロとバテ気味な声で言っても、あまり説得力もないが。
「そうか。まあ、シュートの精度が、ウィンターカップの時に較べて、また上がっていたからな。人事を尽くしているようで、何よりなのだよ」
「……ボクは、君のそういうところが苦手なんですよ」
互いに、くすりと口元を歪めた。
タン、と響くボールの音をBGMに、二人はだらりと身体を休めながらゲームを観戦する。赤司のペネトレイトが綺麗だとか、青峰は規格外過ぎて参考にならんだとか、紫原のダンクがゴールを壊しそうで恐いだとか、黄瀬ウザいだとか、取りとめもなく、キセキたちのバスケ話で花を咲かせていたのだが。
ふと、雑談が途切れたタイミングで、意を決したように、緑間が黒子を見据えて唇を開いた。
「……黒子。少し聞きたいことがあるのだが、いいだろうか」
「はい。何ですか? ……あ。もしかして、宮地さんとのことでしょうか」
「なっ、何故わかるのだよ!?」
「君が改まってボクに話だなんて、パターンが決まっていますから」
したりと黒子が得意げに、ほんのりと口の端を緩めれば、緑間は、見透かされたことにぐっと言葉を詰まらせて、頬を上気させる。照れ隠しなのか、軽く俯いてかちゃりと眼鏡のブリッジを押し上げた。
冷静沈着、無愛想、偏屈、とっつきづらいなど、所謂マイナス寄りの言葉を冠されやすい緑間が、恥ずかしさで動揺して、顔を真っ赤にしている。正直、そんな光景は滅多にお目にかかれないと思っていたけれども、なかなかどうして、ここのところ見かける機会に恵まれている。きっかけは、先頃、緑間から恋愛相談を受けたことだ。まさか、緑間とそんな話をする日が来ようだなんて、人生は本当に、何があるかわからない。以来、恋愛初心者な緑間は、困った時に黒子に相談を持ちかけてくることが多くなった。それまでは、彼女に若干の苦手意識を感じていたのだが、おかげで少しずつ改善されつつある。
黒子は、ペットボトルを傾けて、スポーツドリンクを一口飲んだ。
「それで、今度はどういったご相談ですか?」
「ああ……。その、ご褒美とは、何をしたらご褒美になるのだろうか?」
「はぁ? ご褒美、ですか」
要領を得ない質問に、黒子は目を瞬かせた。緑間の説明は羞恥心が先に立って、言葉が足りなくなることがままある。黒子は、言いよどむ緑間へ、無慈悲に続きを促した。
「センター試験後に、先輩と出かける約束をしたのだが…」
「それはそれは! デートですか。順調なようで、安心しました」
「茶化すんじゃないのだよ。……で、その時に、先輩が『ご褒美でもぶら下げておかないとめげそうだ』と言っていたのだよ。外出の予定なんてものが、先輩のご褒美になるのか、私にはわからなくてな」
いやそれ絶対にご褒美です、人参ですとは、さすがの黒子も突っ込まなかった。緑間本人は至って真剣なのである。
「もし、私との約束をご褒美だと思ってくれているのであれば、頑張っている先輩のために、少しでも人事を尽くしたいと……思ってだな……その……」
緑間の語尾が、消え入ってしまいそうに、どんどんか細くなっていく。かあっと益々頬を紅潮させて、緑間は俯いた。ジーンズの上で合わせた指を、所在なさげにもじもじと動かしている。
(可愛いものですねえ)
あまりにも初々しくて、微笑ましさに、自然と黒子の頬が綻ぶ。
緑間は、本当に恋愛音痴である。恋愛どころか、対して他人に興味を示さないせいで、感情の機微にすら、これでもかというほど疎い。そんな緑間が、こうして初心者なりに一生懸命考えて、恋人へ人事を尽くすために奮闘している。
キセキが袂を別った当時、緑間は、人を当てにせず、己の力だけを信じ、不器用なまでに自らを高めてきた。緑間の世界は、基本的に自分の信念を軸として、一人で完結している狭いものだったし、本人もそれを良しとしていた。彼女からの認識を得るには、高いボーダーラインをクリアしなければならず、その一線を越えない限り、碌に記憶の隅にすら留めておかれない。今も、自分にも他人にも厳しい本質そのものは、変わっていないはずだ。
しかし、頑なだった緑間の意識は、多くの経験や未知だった感情を積み重ねることで、緩やかに、だが確実に変遷した。周囲を認め、視野を、世界を広げるようになり、バスケのプレイスタイルだけでなく、人としても柔らかな変化を遂げてきている。彼女にとって秀徳高校は、本当に良い影響を与えてくれる環境なのだろう。
黒子はそっと胸を撫で下ろした。
「だが、人事を尽くすにしても、一体何をしたらいいのか、想像がつかないのだよ。プレゼントでも上げたら良いのだろうか?」
そんな黒子の心の内など知らない緑間は、心底弱りきった顔で、はぁと大きくため息をついた。
「なるほど、事情はわかりました。多少マシになってきたとはいえ、相変わらず、緑間さんはそっち方面は本当に駄目ですね」
「煩いのだよ!」
「大丈夫ですか? そうやって、宮地さんにも可愛くない態度を取って、怒らせたりしていませんか?」
「ぐっ……」
「最も、話を聞く限り、そんな緑間さんに宮地さんはベタ惚れのようですが」
「なっ……! 黒子! お前、私で遊んでいるだろう!?」
「嫌ですねぇ、とんだ誤解ですよ」
非難を口にしながら、緑間は柳眉を顰めてふてくされた。こんな風に、さっきから打てばきっちり響くから、つい揶揄ってしまうのをやめられない。高尾も同様の見解を示していたので、同族ここに極まれりである。
緑間弄りを楽しんでから、黒子はうーんと頤に指を当てて考えた。
「そうですね。受験の息抜きは口実で、緑間さんと一緒に出かけたいというのが、宮地さんの本音でしょうから、プレゼントなどを上げるよりも、緑間さん自身が着飾って可愛くしていくほうが、喜ばれるのではないでしょうか」
「ほう?」
「普段、デートの時に、君が服装に気合を入れていないのは、見なくてもわかりますし」
黒子の指摘に、緑間はたじろいだ。事実、緑間は服は身だしなみとしか考えておらず、お洒落という側面では無頓着もいいところだった。
「貴女ともあろう人が、人事を尽くしていないですね」
「うっ……。とはいっても、そもそも出かける機会自体が、さしてなかったのだよ……!」
「そうでしたか。なら尚更、可愛い姿の彼女とデートできるのは、宮地さんも嬉しいのではないですかね」
「……そんなものなのか?」
「はい。桃井さんとか見てると、わかりませんか?」
「ああ、なるほど」
納得して、二人は審判をしている桃井をちらりと眺める。
普段から男子の視線を一身に集める桃井は、動きやすさを重視しているものの、今日もとても可愛い格好をしていた。決して、親しい人間との会合だからといって、服装に手を抜いていない。
桃井の女の子らしく愛らしい姿は、本来の整った容姿も相まって、とてもキラキラ輝いて見える。女子の緑間ですらそう感じるのだから、男子には一層魅力的に映ることくらいは、鈍い緑間にも想像できた。
「緑間さんは美人ですから、色々似合いそうですしねえ。たまに、普段とはまた少し違った自分の姿を見せて、彼氏を驚かせてみたりするのも、デートの醍醐味かなと」
「普段と違う……」
「服装に無関心な緑間さんが、急にそんなことをしたら、効果絶大そうですね」
「放っておくのだよ!」
と、そこでコートからピーとホイッスルの音が響いた。どうやら、試合が終了したようだ。白熱した接戦だったようだが、からくも赤司、黄瀬コンビの勝利に終わったようだ。
「助かったのだよ。参考にさせてもらう」
「ええ。頑張ってください」
さすがにキセキ全員を前に、冷やかされること必死なこの手の話題を繰り広げる気はないのだろう。緑間が、ふぅと息をついて、僅かに強張っていた肩の力を抜く。丁度キリがよいこともあり、緑間が礼を口にしたことで、この話はお終いとなった。
――さて、ここで黒子の提案における最大の問題は、果たして可愛い服装一式を、緑間が所持しているのか、ということである。しかし、話の流れからして、十中八九、持っていないのが明白だ。
けれども、その問題に思い当たった時には、既にタイミングが悪く、キセキの面々が賑やかにベンチへと戻ってきてしまっていた。
その後、緑間と会話を再開するきっかけも掴めず、結局、黒子は緑間に伝えることができないまま、頭の片隅から忘れ去ってしまったのであった。