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緑間さんと宮地さんのキスの日のお話

05 24 *2013 | text

盛大に遅刻しましたが、5/23キスの日ネタです。緑間くんが女体化していますのでご注意ください。急にネタが降りてきたのでタイムトライアルしてみたのですが、上手くまとまらない上に長くなってしまって結局間に合わなかったという情けない結果に(笑)。いつも以上に文章も展開も荒っぽくなっててすみません。それでもよろしければどうぞ。宮地さんが大学1年生、緑間さんが高校2年生の未来捏造です。





続き



 鮮やかなまでに、真っ青に澄み渡った空。日差しもぽかぽかと程よく降り注ぎ、絶好の転寝日和だ。時折、新緑の木々をそよそよと揺らす気持ち良い風が通り抜けるので、とても過ごしやすい暖かさである。
 そんな昼休みの屋上。実は人があまり来ず、静かな場所として、意外に穴場なここを、思いの他緑間は気に入っている。寒暖や風の影響で、利用できる時は限られているものの、気分転換もかねて、緑間と高尾は、屋上でのんびり昼食を取ることがあった。
 緑間が膝の上に置いた弁当のおかずをゆっくり咀嚼していると、先にパンを食べ終えた高尾が、悪戯っ子のようににいっと目を細めながら口を開いた。こんな感じの高尾は、大抵碌なことを考えていないことが多い。
「ねーねー、真ちゃん。知ってる? 今日ってキスの日なんだって」
「……だから?」
 ほら、言わんこっちゃない。
 以前酷い目に合ったパターンと、完全に酷似している。あの時も、高尾は「ねーねー、真ちゃん。知ってる?」と、声をかけてきたのだ。それを思い出したら、自然とこめかみあたりがズキズキしてくる。
 無関心を貫き、黙々と箸を進める緑間だったが、そんなつれない態度には慣れっこな高尾は、全くめげることなく、あっけらかんと緑間の顔を覗き込んだ。
「折角だし、ちゅーしよ? あっ、真ちゃんがちゅーしてくれたら嬉しいけど、もちろんオレからちゅーしてもオッケーなのだよ☆」
「……何故、私がお前と口付けしなければならないのだよ」
「だって折角のキスの日だぜ~? オレと真ちゃんの仲じゃん。お互い、日ごろの感謝の気持ちをこめて、ちゅーしたっていいっしょ? さあ!」
 一体どういう理屈だ。
 緑間が半眼で呆れ混じりに睨みつけても、高尾は悪びれもせずいい笑顔のまま、飛び込んでこいとばかりに両腕を広げた。時々、高尾のタフさには舌を巻く。
 高尾とつるみ始めて、一年が経過している。お調子者にみせて、実は食えない男なのは知っているが、それなりに緑間も彼の表情を読めるようになっていた。どう見ても、これは何かしら企んでいたり、からかおうと目論んでいる顔だ。
 緑間ははぁと深いため息をついて、弁当箱の上に箸を置く。緑間を楽しそうに眺めている高尾の額に、ぺちんと平手を食らわせた。
「痛っ!」
「調子に乗るな」
 両腕を組み胸を反らして威圧感を出せば、引き際を心得ている高尾は、すごすごと腕を収めて体育座りの姿勢を取った。そのまま、尻を軸に身体を前後左右に揺らして、不満を露にする。大人しくできない奴だ。
「フン。お前の言う、何とかの日に関しては、聞き流すことにしたのだよ」
「……ちぇー、さすがにもう引っかかってくれないか。ざーんねん」
「当たり前なのだよ。お前のせいで、私がどんな目にあったか!」
 剣呑な雰囲気を纏わせて、不快に眉をしかめ、ぎりっと歯噛みする緑間に反して、高尾はけらけらと腹を抱えて笑い転げた。
「あっは。懐かしいねえ。ポッキーゲーム事件!」
「笑い事じゃないのだよ」
 ――ポッキーゲーム事件。それは、昨年11月11日のポッキー・プリッツの日に起きた。高尾が、「今日はポッキーゲームをする日なんだぜ!」と、イベントごとに疎い緑間へ、嘘を教えたことに端を発し、「真ちゃんてば、負けるのが恐いんだろー?」などと巧みに煽って誘導し、負けず嫌いの緑間が、まんまと高尾の思惑にのって、ポッキーゲームに挑んでしまったのである。そんな場面を、当時付き合い始めたばかりの宮地に、ばっちりと目撃されてしまい、烈火の如く怒られたという、忌まわしい出来事だった。高尾は知らないが、緑間は影で宮地にあれやらこれやら、お仕置きまでされたのだ。恐いやら恥ずかしいやらで、あまり思い出したくもない。
 緑間は、かちゃりと眼鏡のブリッジを押し上げた。
「……全く。私がそういう行事を知らないからといって、からかうのもいい加減にするのだよ、高尾」
「からかってるわけじゃねーよ。むしろ、あわよくば?」
「益々意味がわからないのだよ」
「……わかんなくていいのだよ」
 緑間が首を傾げると、高尾は一瞬だけ困ったように眉を歪めたのだが、すぐに何事もなかったみたいに、ぱっと空気を切り替えた。
「ところでさー、真ちゃん。今日の居残り練習のことなんだけど、ちょっと親に用事頼まれちゃって、オレ、残れないんだわ」
「そうか。気にしなくていいのだよ。別にお前がいなくとも、私の練習に何ら支障はない」
「ちょ、ひっで!」
「となると、今日の居残り練習は、私一人ということだな」
「いやいやいや、一人とか危ないっしょ!? だから、今日は居残り練習しないで、真ちゃんもオレと一緒に帰らねぇ?」
 緑間の言葉に、高尾が慌てて提案する。しかし、緑間は毅然と首を横に振った。
「インターハイ予選はもう始まっている。だから、私は少しでも練習したいのだよ」
 その面持ちは酷く真剣で、真っ直ぐ高尾を見据える。翡翠の瞳の奥に浮かぶのは、勝利への意志だ。昨年の雪辱を果たしたい気持ちは、高尾も痛いほどわかるから、ぐっと押し黙る。
 暫くぴりぴりとした雰囲気でお互いの様子を窺っていたのだが、先に折れたのは高尾だった。「しゃーねーなー」と嘆息して、高尾は肩を竦めた。
「……わかった。真ちゃんは、こうと決めたら梃子でも動かねーもんな。本当に気をつけるんだぜ?」
「大丈夫なのだよ。何せ、今日のラッキーアイテムは、懐中電灯だからな。これなら夜道も問題ないのだよ」
 さすがはおは朝。緑間は、弁当箱の袋の中に一緒に入れておいた懐中電灯を、意気揚々と高尾の前にかざして、胸を張って応える。けれども、高尾は唖然とした表情を向けた。
「そういうこっちゃないのだよ、真ちゃん……」
 緑間の返答に、高尾は力なくがっくりと項垂れる。宮地にしてもそうなのだが、時々この子どうしようみたいな哀れみの目で見るのはやめて欲しいと、緑間は切に思う。心外だ。
 高尾は額に手を当てて、束の間逡巡しているようだったが、何かを諦めたような顔で、へらりと口角を歪めた。
「あーなんかもういいや。その辺はどうにかするから、真ちゃんは残りの昼飯早く食べな?」
「む」
 珍しく高尾の返答がおざなりだったので、緑間は不満を覚えたものの、昼休みも残り少なくなっている。この後、借りていた本の続きを読む予定なのだ。貴重な読書の時間がなくなってしまうのは困る。そう思って、箸を手に取り直すと、緑間は昼食を再開した。
 高尾はというと、携帯電話を取り出して、見事なまでの速さでメールを打ち始めた。




******




 タン、タン、とボールの跳ねる音と、床を掠めるバッシュのスキール音が反響する。夜の体育館を利用しているのは、今や緑間一人しかいない。何とも贅沢なことである。とはいえ、一人分の吐息と熱気しかない空間は、とても静かで、酷く集中できた。
 時計の針は、いよいよ最終延長時刻間際まで迫っている。高尾が一緒の場合は、余裕をもって体育館を施錠しているのだが、あともう少し、もう少しだけという焦りにも似た気持ちが、緑間の帰りをギリギリまで遅くさせていた。
 ボールが手から離れる。高く、高く、イメージ通りの放物線を描いたそれは、決して外れることなどない。緑間が改めて籠からボールを手に取ることができるほどの滞空時間を経て、ボールはゴールに吸い込まれていく。リングに触れずに、ぱさっと乾いた音を立てた。
 小刻みに息を吐く。今日のノルマは、一人なこともあって百二十本まで増やした。残りは、あと一本。終わらせてしまうのが勿体無かったけれども、もう時間もない。
 仮想敵にフェイクを入れつつ、センターラインから、エンドラインまでドリブルで移動する。3Pのレンジをオールコートへ意識を切り替え、振り向いて、シュート体勢に入る。床からつま先が離れ、ジャンプの最高地点で、左手からボールを放つ。イメージと、寸分の狂いもない。決まる。ただそれだけを理解して、緑間は唇を緩めた。
 床に着地し、流れる汗を拭う。ややあって、ボールはゴールに突き刺さった。
 と、その時だ。
 パンパンパンと、拍手が響き渡った。はっとなって、手の鳴る方へと視線を向けると、緑間は大きく目を見開いた。
「宮、地……先輩?」
「おう。相変わらず、嫌味なくらい綺麗な3Pだな」
 体育館の入り口の鉄扉に身を預けて、手を叩いていたのは、先に卒業したばかりの恋人、宮地清志だった。
「どうして、ここにいるのだよ……」
 緑間が、呼吸を整えながらそう問いかけると、宮地は寄りかかっていた扉から身を起こして、館内へと足を進めた。シューズがないので、靴下のままではあったが。
「高尾から連絡をもらってな。お前が、夜道を一人で帰る気だってな?」
 宮地は緑間の傍まで来ると、笑顔で青筋を立てるという器用な真似をしながら凄んできた。怒っている、これはとても怒っている。
 棘をふんだんに含んだ言葉に、緑間はギクリと身体を強張らせた。
「いや、あの……今日のラッキーアイテムは、懐中電灯だったので……」
「だから? 危ないから、出来るだけ一人で夜道を歩くなって、散々言い聞かせたよな? そんなに轢かれたいのか?」
「明かりがあれば、大丈夫かと思って……」
「今、何時だと思ってんだ?」
「……すみません。昨年の悔しさを思い出したら、練習したいという気持ちでいっぱいだったのだよ」
 時計は、既に二十時を指し示している。今から体育館を片付けて、身支度を整えたとして、学校を出るには早くても三十分はかかる。物騒な世の中、女子高生が一人で出歩くには、些か遅い時間だ。
 さすがに自分に非があることくらいは理解しているのか、緑間はあっさり謝罪し、しゅんとなって俯く。宮地はため息をついて、彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「こういう時は、遠慮しねーで、俺を呼べって言ってんだろ?」
「でも、わざわざこんなことで、先輩の手を煩わせるのは嫌だったのだよ」
「迎えくらいどうってことねーよ。お前に万が一何かあったら、そっちのほうが嫌だし。それに……」
「それに?」
 突如口ごもった宮地に、緑間が顔を上げてみれば、彼の頬はほんのり朱に染まっていた。ぱりぱりと首筋をかきながら、宮地がそっぽを向いて呻く。
「あー……お前の顔、見たかったし。ここのところ、会えてなかっただろ」
 入学したての宮地には、必修講義が目白押しで、遅い時間帯の科目を取ることもザラだ。また、新しく出来た友人付き合いもあるし、入部したバスケ部の練習に加え、新人戦もすぐそこに迫っている。大学生は時間に余裕があるとは言われているが、宮地はそれなりに充実した日々を過ごしていた。
 緑間は緑間で、日課となっている自主練習を毎日夜遅くまで行っているし、今はインターハイ予選真っ最中のため、土日も基本的にバスケ漬けの日々だ。
 お互いがバスケを大事にしていることを知っているのと、生真面目で素直じゃない性格が災いしたのだろう。邪魔をしてはいけないなどとよくわからない遠慮が生まれて、軽い気持ちで会いたいと言えず、メールや電話はしているものの、直接会う機会に恵まれていなかった。
「先、輩」
 宮地の照れが移ったのだろうか。緑間の顔も、つられて何だか熱くなってきた。付き合い始めて結構経つのに、何だろう、この雰囲気は。こそばゆい。
 そう感じたのは宮地も同じだったのか。面映さと、緑間の視線に耐え切れなかったのだろう。ちっと舌打ちをして、そわそわと緑間から離れると、宮地は体育館の入り口をびしっと指差した。
「緑間。ここは片付けておいてやるから、お前は着替えてこいよ」
「え!? ですが、先輩だけに片付けさせるわけには……」
「俺がいいっつってんだからいいんだよ! それに、このほうが早く帰れんだろ。先輩命令だっ!」
 照れ隠しなのだろう、ぶっきらぼうに宮地ががなる。そうして、手近に散らばっていたボールを拾い上げると、手際よく片付け始めた。
「……なら、お言葉に甘えます。宜しくお願いします」
「おーよ。最初から素直にそう言っときゃいいんだ」
 緑間ははにかんで、宮地に頭を下げる。ここは大人しく、彼の厚意に甘えることにした。
 片付けにそこまで手間はかからないので、緑間は足早に部室へと向かう。さっさと済ませれば、どうにか軽くシャワーは浴びれるだろう。
 久しぶりに、宮地と会えた。会えないなら会えないで仕方ないと割り切れるが、会ってしまったら今度はこんなにも落ち着かない。しかも一緒に帰れることに、心が浮き足立っている。予選大会の真っ只中だというのに、こんな浮かれていてはいけないと自分を叱咤してみるが、こみ上げてくる感情をどうにも抑えきれない。珍しく、ふわふわしているなと、緑間は自覚していた。
 迎えに来てくれた嬉しさと感謝を、宮地にどうにか伝えたいと考えていると、ふと、昼休みに高尾と交わした会話が脳裏をよぎった。
 ――果たして、今日は何の日だと言っていたか。
 緑間はこくりと息を飲み込んだ。




 てきぱきと普段以上に手短に身支度を整えたけれども、やっぱりそれなりに時間がかかってしまった。慌てて部室を出ると、宮地が携帯を片手に待っていた。
「すみません、お待たせしてしまって」
「そんなに急がなくたっていいよ。暇つぶしはあるしな。ほれ、体育館の鍵」
 宮地が鍵を掲げるので、掌を差し出す。ちゃりっと金具のこすれる音と共に、緑間は落とされた鍵を受け取った。
「片付けてくださって、ありがとうございます」
 緑間が改めて宮地に礼を言うと、宮地はふっと瞳を細めて笑った。
 宮地が卒業してからまだたった二ヶ月しか経っていないというのに、大学生になったというだけでそこはかとなく大人びて見える。
 緑間の胸が、どきりと高鳴った。
 ――ああ、もう、駄目だ。
「よし、帰るか?」
「あの、宮地先輩」
「あ?」
 衝動的に、くいと彼の服の裾を引く。何事かと宮地が僅かに前屈みになる。緑間は、背伸びをして、そのまま宮地の唇に自分のそれを重ねた。宮地の唇が暖かくて、柔らかくて、とても心が満たされた。
 勢いのまま押し付けたせいか、眼鏡が宮地の鼻に当たってしまい、驚いて一瞬だけ合わせた唇をぱっと離す。いつも宮地がしてくれるように、上手に口付けできなかったことが悔しくて、緑間はひっそり落胆した。
 気まずくなって、そっと上目遣いで様子を窺ってみる。すると、宮地は絶句したまま放心していた。
「み、宮地先輩?」
 声をかけてみれば、やがてはっと我に返った宮地が、顔を真っ赤に染めたかと思うと、突然がばっと頭を抱えて、その場に蹲った。宮地のめまぐるしく変わる反応についていけず、緑間は双眸を瞬かせるだけだ。
「お前さあああああああ、急に何なの!? 俺をどうしたいの!?」
「えっ!?」
 ぐおおおおおと宮地に呻かれて、緑間もおろおろと戸惑う。
「あ……えっと、今日はキスの日だと聞いて……。日頃の感謝をキスで伝える日? なんですよ……ね??」
 ――屋上で、確か高尾はそうに言っていたはずだ。
 高尾の言動に乗っかってしまったのは癪だったが、この際仕方ない。だって、宮地に触れたくなってしまったのだから。
 だがしかし、なにぶん高尾から伝え聞いただけだったことを思い出し、不意に根拠に自信が持てなくて、緑間の言葉は疑問符を交える形になってしまった。それがいけなかったのだろう。宮地は血相を変えて立ち上がると、緑間の肩に手を置いて、ぐっと力をこめる。ぎらついた視線が恐い。
「オイ、誰だそんなこと言ったのは!」
「高尾ですが……」
「よし、アイツ……絶対刺す」
 真顔で宮地が殺人予告をした。すまない高尾、ちょっとこれは恐ろしくて止められそうにない。骨は拾ってやる。緑間は思わず心の中で謝罪した。
「前の時みたいに、何かされたりしてねーか?」
「はい、大丈夫です」
 こくこくと何度も頷くと、それで宮地は安堵したのか、全身の力が抜けたかのように項垂れる。宮地の様子に、緑間は不安になって恐る恐る尋ねた。
「……何か、私は間違っていたんでしょうか?」
「いや、感謝がどうとかはともかく、間違ってはいないんじゃねーか、うん、多分……。つーか、こういうことは、絶対に俺以外にすんじゃねーぞ?」
「何をふざけたことを言っているんですか貴方は……。宮地先輩以外と、口付けするなんて考えられません」
「だから、お前はさぁあ……! 鈍いくせに、どうしてそういうところは男前なわけ!?」
 宮地、二度目の撃沈。
 もうヤダとかなんだとかぶつぶつ唸りながら、宮地は緑間の肩口に頭を埋めると、ぐりぐりと額を押し付けた。くすぐったい。
「先輩?」
「……悪ィ。もう少し、このままでいてくれ」
「はい」
 ちらりと横目で見れば、宮地の耳がほんのり赤くなっていた。大きな身体を受け止めて、背中に片手を回し、あやすように撫でてやる。
 暫くすると落ち着いたのか、宮地がのろのろと、緑間の肩から頭を上げた。
「落ち着きましたか?」
「誰のせいだ、誰の。埋めんぞ」
 決まり悪そうな宮地は、暴言を吐きながら、ぶすっとふてくされている。が、ややあって、はっと何かに気づいたのか、唇に手を当てた。
「つーか……よく考えたら、お前からキスしてくれたの初めてじゃねーか。わけわかんねーうちに終わってたから、もったいねー……」
 額を押さえて、宮地がはーっと深く息を漏らした。今日の宮地は、くるくると表情を変えて随分せわしない。そんなことで消沈していることが、可愛く感じられた。
 緑間から、自然と微笑みが零れる。愛しさがこみ上げてきたのと、それ以上に大義名分があるからか、多分気が大きくなっていたのだろう。
「……ええと、今日はキスの日なんですよ、ね?」
「ん?」
「なら……一回だけじゃなくても、いいと思うのですが……その……」
「へ?」
 思わぬ緑間の発言に、宮地が再び瞠目する。
「今度は、ちゃんと目を閉じててください」
 そう呟いて、緑間はもう一度つま先で立って、ぽかんとしている宮地の唇に顔を寄せた。






 ちゅっ、とついばむような拙いキスを送られる。緑間からのキスは上手くない。単に唇を合わせればいいと思っているのか、やりかたがよくわかっていないようで、再度こつんと鼻筋に彼女の眼鏡が当たる。痛くはないから別に問題はないとはいえ、正直邪魔だ。
 そのままキスは長く続くことはなく、あっという間に唇を離される。瞳を開けば、緑間がむうっと不満そうな面持ちをしていた。
「……また、上手くできなかったのだよ」
 小さな声で呟いたのが、かろうじて宮地の耳に届いた。眼鏡のフレームが当たってしまったことが気に入らないのだろう。がっかりした声音だった。
 それで、抑えていたスイッチが、何故かかちんと入ってしまった。
「緑間」
「はい? えっ!?」
 きょとんと首を傾げる緑間から、すっと眼鏡を奪う。急に視界が悪くなったせいで、緑間がパチパチと目を瞬かせた。
 宮地は外した眼鏡を丁寧にたたみ、持っていたカバンにしまう。そしてカバンごと廊下に捨て置いた。
「み、宮地先輩?」
 不穏な気配を感じたのだろう。緑間がびくりと身体を震わせて、後ずさる。
 が、もちろん逃がしてやるはずがない。緑間の両腕を捕らえて、視界のぼやけている彼女がわかるくらいまで顔を近づけてやる。さすがに鈍い緑間でも、これから何をされるのか察したようで、表情が引きつっていた。こういう時には、ちゃんと危機感を覚えるだなんて、一体どういう了見だ。
 宮地は、にっこりと不敵な笑顔を浮かべた。
「キスの仕方、教えてやるよ。こうすんだよ」
「ちょ……! ……んっ!」
 うるさく喚きたてられる前に、問答無用で宮地は緑間の唇を塞いだ。
 ちゅっちゅっと、音を立てて何度か軽いキスをしてやれば、それだけで緑間は頬を扇情的に染め上げ、瞳を潤ませる。普段可愛くない程に済ましている顔が、こうやって自分だけに溺れて、乱れていくのを見るのが好きだ。
「まっ……!」
「待たない」
「……んっ……ふぁ……!」
 好きな女に不意打ちのキスを二回も仕掛けられて、我慢できる男がいるものか。




 ――こうして宮地は気が済むまで、緑間の唇を堪能し、終いには腰が抜けてしまった緑間から罵詈雑言を浴びせかけられ、背中をばしばしと叩かれるのであった。

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