細かい部分にちょっとした手直しが入るかもですが~。とりあえず書けたので!『真ちゃんの妹ちゃんなんだから可愛いに決まってる!』の続きのような…でも単品で多分読めます。はい。高緑と緑間妹ちゃんのお話です。
はーっと吐いた息は、白く凍えて立ち上る。
日が暮れるのも随分と早くなってきたなーなんて他愛のない話をしながら、濃いオレンジ色から濃紺の黄昏に染まっていく空を見上げた。
北風にあおられながらの帰り道。月日が経つにつれ、段々と寒さを増してきた外から、オレと真ちゃんは身を縮込ませていそいそと屋内に入った。風が遮られるだけでも、体感温度はぐっと変わる。ほんのりと暖かく感じられる玄関先に逃げ込んで、オレたちは強張らせていた肩の力をほっと抜いた。
「ただいまなのだよ」
「こんにちはー。お邪魔しまっす!」
こうして緑間家に上がるのも、もう何度目になるだろう。
下駄箱の上には、クリスマスが近いせいなのか、いつもの花瓶に活けられた切花ではなく、ポインセチアの鉢が飾られていた。真ちゃんのママはマメで、訪れる度に玄関先の花が変わっている。
夏休み明けの実力テストのすったもんだで勉強を教えてもらって以来、オレは真ちゃんちに頻繁に遊びに行くようになっていた。特にテスト前は、真ちゃんに頼み込んでカテキョをしてもらっている。おかげで和成くんの成績はちょっとずつ上がっていて、神様仏様緑間様様だ。オレに勉強を教えながらも、常に首席をキープしているのだから、真ちゃんの人事の尽くし方は半端ない。
本来なら教えてもらう立場のオレが、真ちゃんを自宅に招くべきなんだろう。だけどオレんちで勉強するより、真ちゃんも自分ちの方が構えなくていいらしい。加えて、オレの部屋みたく気が散ってしまう余計なものは置いてないし、参考書も揃っているしで、真ちゃんの部屋は勉強するのにうってつけだった。代わりに、テスト前以外の時にはなるべくうちにきてもらって、もてなすことにしている。
そんなわけで、今日も来週に控えた期末考査を前に、一緒に勉強しようという話になり、真ちゃんの家を訪れたのだった。ウィンターカップを目前に、テストの結果が悪くて部活ができませんじゃ洒落にならない。宮地サンに殺される。
勝手知ったる真ちゃん家とまではいかないものの、すっかり慣れ親しんだふかふかのスリッパを借りて、玄関の三和土から上がる。真ちゃんは帰宅とオレの来訪を告げに、とっととリビングへと向かって行った。
扉を開けっ放しにしているせいで、リビングの会話がこちらに漏れ響いてくる。
「おかえりなさい、おにいちゃん」
「ただいま。高尾が来ているのだよ。ご挨拶しておいで」
「たかおちゃんがいるの!?」
稚く高らかな声が発せられた直後に、若草色の髪を二つに結った真ちゃんそっくりの美少女が、ぴょこんとドアから姿を覗かせた。まだ幼い真ちゃんの妹ちゃんである。
「たかおちゃん!」
手をひらひらと振ったオレを見るなり、妹ちゃんの顔がぱあっと明るく輝いた。
妹ちゃんは、オレを『たかおちゃん』と呼ぶ。真ちゃんが『高尾』と呼ぶせいもあって、名前よりも苗字の方が親しみやすかったようだ。当初は『たかおおにいちゃん』と呼んでくれていたのだが、小さい子にはちょっと長すぎたことと、何より妹ちゃんがオレに対して『お兄ちゃん』と呼称をつけるのに真ちゃんがつむじを曲げてしまって、『たかおちゃん』が固定になった。相変わらず真ちゃんはシスコンだ。余談だが、拗ねた真ちゃんはぶっちゃけ可愛かった。
「いらっしゃい、たかおちゃん」
「おー久しぶり、妹ちゃん。元気だった~?」
「うんっ」
妹ちゃんは、とたとたと駆け寄ってくると、オレの足にきゅっと抱きついてきた。真ちゃんと同じ翡翠の瞳をキラキラさせ、頬をバラ色に染めて、満面の笑顔で歓迎してくれる。あまりの愛らしさに眩暈がおきそうだ。オレはしゃがみこんで、妹ちゃんと目線に合わせると、思わずぎゅーっと抱きしめて頬ずりをする。ちっちゃい子のほっぺたは、柔らかくてすべすべで暖かい。オレからのスキンシップに、妹ちゃんは身を捩じらせながらもきゃっきゃと喜んでご満悦そうだった。
「……何をやっているのだよ」
「ん~? 久しぶりの妹ちゃん成分を補充してんの」
リビングから戻ってきた真ちゃんは、オレと妹ちゃんが仲睦まじくくっついているのを呆れ混じりに一瞥する。眼鏡のブリッジをかちゃりと押し上げながら、柳眉をぴくりと動かし、青筋を立てているのをオレは見逃さなかった。おお恐いお兄ちゃんだこと。
「人の妹に馴れ馴れしいのだよ」
「いいじゃん。なー、妹ちゃん?」
「ふふー」
妹ちゃんと二人してねーっと見詰め合えば、真ちゃんがむっと唇を尖らせた。仲間外れにされたみたいで拗ねているのかもしれない。流石に真ちゃんの視線が恐いので、程ほどに妹ちゃんを解放してやった。
今ですらこんな風に打ち解けているが、真ちゃんの妹ちゃんがオレに懐いてくれるまで、それはそれは長い紆余曲折があった。
真ちゃんの妹ちゃんというステータスでおおよそわかると思うが、彼女は大変気難しく人見知りが激しかった。最初に会った時は、真ちゃんの影に隠れて、おどおどと様子を窺われていたほどだ。
真ちゃんで見慣れているとはいえ、特に幼い女の子からすれば、オレみたいな大柄な男は、威圧感があって近寄りがたいのもあるだろう。身長を真ちゃんと較べるなかれ。確かに、バスケ部スタメンの巨人たちにまぎれれば一番低いが、これでもクラスでは高い部類に入ってるんだからな!
しかし事前のハードルが高かろうが、真ちゃんの妹ちゃんである。是が非でも仲良くなりたいではないか。
妹ちゃんになじんでもらうべく、オレは持ち前のコミュニケーション能力と、兄としての経験を最大限に発揮させた。遊びに行くたびに話しかけては怯えられたり、餌付けをしてみてはほら恐くないと某有名アニメの主人公の気分になってみたり、終いには泣かれて真ちゃんにこっぴどく怒られたりもした。そんな苦労の甲斐あって、訪問がいよいよ両手を数えようとする頃、漸く妹ちゃんは心を開いてくれたのだった。
弱々しい力でオレの指を握ってくる小さな掌を見て、懐に入れた人間に対して存分に甘えてくるのは、やはり兄妹だなあと実感する。
「ねえねえ、たかおちゃん、たかおちゃん」
「んー? なぁに?」
ちょいちょいと妹ちゃんが手招きをするので、内緒話か何かかなと、促されるままに顔を寄せる。
すると、一瞬頬にちゅっと暖かい感触が当たった。
妹ちゃんのあどけない唇が、オレに親愛のほっぺちゅーを送ってくれたのだった。
突然のことにオレは目を丸くし、真ちゃんは色を失いぼとりと荷物を落とし絶句した。男子高校生二人を見事固まらせてのけた妹ちゃんは、両頬に手を当てて、えへへーとはにかむように笑った。
「あのね、おんなのこはだいすきなひとのおよめさんになるんだって! ようちえんのせんせいがいっていたの。だからわたし、おおきくなったら、たかおちゃんのおよめさんになる!」
オレが真ちゃんの妹ちゃんにプロポーズされた貴重な瞬間である。とはいっても、幼少時の『お嫁さんになる』宣言なんて、果たされない約束の定番だけどな。昔はオレも自分の妹ちゃんに『お兄ちゃんのお嫁さんになる』って、しょっちゅう言われていたなぁなんて、しみじみと懐かしい過去に思いを馳せていると。
「この間まで、お兄ちゃんのお嫁さんになると言っていたではないか……!」
……真ちゃんは現在進行形だった模様である。
妹ちゃんの発言にショックを受けた真ちゃんは、がっくりと床に膝を付いた。大概真ちゃんもシスコンを拗らせすぎだと思うんだがどうよ。まあ確かに妹の存在って、この上もなく可愛いものだから仕方がないけど。気持ちはわからないでもない。
どうしたもんかなーとぱりぱりと後頭部を掻いてから、オレは妹ちゃんを抱き上げた。急に高くなった視界に妹ちゃんは驚いたみたいで、目をぱちぱちと瞬かせている。真正面で視線を合わせて、オレは安心させるべく柔らかく笑った。ちょっとだけ苦笑めいてしまったのは許して欲しい。大好きって言ってくれた妹ちゃんの言葉は純粋に嬉しかったし、真に受けるわけではないけど、オレもこればかりは譲れない。
「ごめんなあ、妹ちゃん。妹ちゃんのことは大好きだけど、オレは妹ちゃんをお嫁さんにできねーんだわ」
「どうして?」
オレがゆっくり言い含めると、妹ちゃんは首を傾げて悲しげに眉をハの字に歪めた。ぐずりそうになるのを、ぽんぽんと背中を叩いてあやしてやる。
「オレのお嫁さんは、真ちゃんって決めてるから」
項垂れていた頭をがばりと上げて、真ちゃんが「はぁ!?」と、口をぱくぱく戦慄かせているのが見えた。オレはにこっと口角を上げて、真ちゃんにしゃあしゃあといい笑顔を送る。
「……たかおちゃんのおよめさんは、おにいちゃんなの?」
「そーなの。だから、妹ちゃんをお嫁さんにはできないんだ。でも、いずれ妹ちゃんのお義兄ちゃんになってあげるから、それじゃだーめ?」
「たかおちゃんも、わたしのおにいちゃんになってくれるの?」
「うんうん」
「ならいいよ!」
お伺いを立ててみれば、長い睫毛を携えた眦に、うっすらと浮いた涙を引っ込めて、妹ちゃんは花のように顔を綻ばせてくれた。
「やったー! あんがとね! 妹ちゃん、好き~」
「わたしもたかおちゃんすき~」
ぐーっと高い高いをしてあげると、妹ちゃんのご機嫌はすっかり直ったみたいだった。物分りのよい妹ちゃんでよかった。泣かせたら、真ちゃんから鉄拳制裁を食らっていたことであろう。
当の真ちゃんはというと、本人そっちのけで勝手に纏まってしまったオレと妹ちゃんの会話に、わけがわからないといった体で立ち尽くしていた。困惑に翡翠の瞳がゆらゆらと揺れている。
「おっ、お前は何を言っているのだよ!?」
「本心です」
妹ちゃんを抱っこしたまま、きりりと表情を改めて至極真面目に呟けば、真ちゃんは顔を真っ赤にしてがなった。
「お前は馬鹿か!?」
真ちゃんの罵声には応えず、オレは妹ちゃんをそっと廊下に下ろしてから、真ちゃんの傍らに歩み寄った。真顔で近づいてくるオレに、焦ったのか真ちゃんはぐっと身を引く。が、逃がすわけがない。
「真ちゃん、オレと結婚しよ?」
大事にするよと左手を仰々しくぎゅっと包み込めば、真ちゃんがあわあわと慌てふためく。その様子があんまりにも初々しかったから、こみ上げてくる笑いを抑えきれないでいると、妹ちゃんをかわすための方便としてからかわれたと勘違いしたのだろう。眉間の皺をいっそう深めた真ちゃんが、オレの手をすげなく振り払った。
「全く! 妹の前で、性質の悪い冗談は大概にするのだよ、高尾。不愉快だ!」
ぷりぷりと息巻いた真ちゃんは、自室への階段を上がっていってしまった。
どすどすと音を立てて遠ざかっていく真ちゃんの背中を見送りながら、廊下に取り残されてしまったオレと妹ちゃんは、あーあと顔を見合わせて、肩を竦めた。
「おにいちゃん、おこっちゃったね。たかおちゃん、いじめちゃめーなのよ?」
「たはは。いじめてないってー。ちゃんと仲直りするから、大丈夫だよ、妹ちゃん」
不安げに表情を曇らせる妹ちゃんに手を伸ばして、心配を払拭させようとオレは頭を撫でてやる。妹ちゃんはくすぐったそうにしていたが、大丈夫というオレの言葉にほっと安堵したみたいだった。
「あっ、真ちゃんがオレのお嫁さんっていうのは、妹ちゃんとオレの秘密な。パパとママに言っちゃ駄目だぜ?」
「しーっ、なの?」
「しーっだよ」
「わかった」
お互いの口元に人差し指を立てて、内緒のポーズを取れば、妹ちゃんはこくんと力強く頷いてくれた。頼もしい限りである。まあ、こんなことを妹ちゃんがご両親に話したとして、戯言にしかならないのだろうけれども。
「んじゃ、オレらは勉強するから、妹ちゃんはママのところに戻ろうなー」
「はーい」
うろたえたせいで、妹ちゃんを放置して自室に引っ込んでしまった真ちゃんの代わりに、挨拶がてらリビングへ寄って、妹ちゃんを真ちゃんママに引き渡す。
妹ちゃんと戯れに手を振り合ってから廊下に戻れば、動揺でまるっと置き去りになっていた真ちゃんの鞄が視界に入った。これでどうやって勉強するつもりだったんだろう、真ちゃんは。今頃部屋でそわそわしているかもしれない。容易にできる想像に、思わずふはっと吹き出しつつ、真ちゃんと自分の荷物を拾い上げて、オレはにまにまと唇を緩めた。
さて、どうやってお嫁さんの機嫌を直してもらおうか。
いくつか浮かんだパターンを検証しながら、オレは真ちゃんの部屋へと向かうべく、階段を登り始めるのだった。