高緑ちゃんの日、おめでとうございます!!!!リア充は末永く爆発してください!!!高緑の日なので普段より甘めに(10月6日が全く活かせなくて無念)。お付き合いしている大学生同棲設定です。前に日記で話していたお茶にまつわる連作にするはずだったのですが、メインに至るまでがだらだらと長くなってしまい、相変わらず力量不足なお話な上に完全趣味ですみません…。どうしても同棲設定にするにあたり、なんか気軽に同棲した感じにしたくなかったので、その辺のことにうだうだしていたら今までで一番の難産になりました…。ははは。
真ちゃんの相棒になった高校一年の春。
真ちゃんへの恋心を自覚した高校一年の夏。
真ちゃんと想いが通じた高校二年の冬。
そして、高校三年の冬。日曜日の真ちゃんの部屋。
ウィンターカップでバスケ部を引退後、慌しさの中遅ればせながら受験戦争に突入し、どうにか進路も無事決まった。卒業を間近に控えたオレは、前々から考えていたことを真ちゃんに決死の思いで打ち明けた。
「真ちゃん。実家を出て、オレと一緒に暮らして下さい!」
オレはまさしく土下座の勢いで同棲を申し込んだ。ていうか、完全に土下座してた。
今まで明けても暮れても一緒にいて、相棒として、恋人として、それこそ自分の家族以上に親密に付き合ってきた真ちゃんと、大学進学を機に離れてしまうことに、オレはふと焦りを覚えたのだ。やっと実った恋心。オレはそれと片時も離れたくなかったのだ。
同じ都内ではあるが、オレと真ちゃんの大学は別々だ。オレは私立の薬学部、真ちゃんは国立の医学部に進むことになっている。
お互い大学は実家から通えない距離ではない。とはいえ、通学時間がどうこう以上に独り立ちしたい気持ちもあって、実家を出ることをオレも真ちゃんも考えなかったわけではなく、たまに一人暮らしについて話題に上っていた。ルームシェアの話も、冗談めかして出したこともあった。真ちゃんの反応は、正直悪くなかったと思う。
だから勝算はあった。一人暮らしをするにも、真ちゃんは家事、特に料理が壊滅的にできない。食生活が偏るのが手に取るようにわかるので、ご両親の心配は想像に難くない。だが高校3年間真ちゃんの面倒を具に見てやり、「高尾君がいてくれるなら安心ね」とまで言わしめたオレと、一緒に暮らすとなればどうだろう。――ご両親の信頼を裏切るようで、多少後ろめたさはあるのだけれども。
ともすればオレの発言は冗談と受け取られてしまいがちなので、頭を上げた後、唇を引き結んでじっと真剣に真ちゃんを見つめた。心臓がバクバクと音を立てている。柄にもないことをしているせいか、体温が急上昇して全身が熱い。もうちょっとスマートにできないものかと情けなくもなりつつも、真ちゃんが関わるとなりふり構っていられない。
視線の険しさが伝わったのだろう。オレの勢いにあっけに取られて目を丸くしていた真ちゃんは、オレの言葉が本気であると理解すると、暫く逡巡した後、静かにだがきっぱりと首を横に振った。
「すまない、高尾。それはできないのだよ」
きっと真ちゃんも同じ気持ちでいてくれると、オッケーをもらえると思い込んでいただけに、オレはまさかの真ちゃんの拒否に愕然とした。考える時間すら必要とされなかったことが、ショックだった。
この時のオレは、悲壮感から完全に魂が抜けていたとは真ちゃんの言だ。
「おい、待て。勝手に自己完結するな、高尾。お前と……その、一緒に暮らしたくないというわけではないのだよ」
真っ白に燃え尽きているオレに、真ちゃんは慌ててフォローを入れてくる。
「えぇ~……じゃあどうして? やっぱりご両親の関係? 実家を出るの反対されてるとか?」
本気で泣きそうになりながら、オレは弱々しく声をあげた。
「そうじゃない……」
一体何を胸の内に秘めているのやら。珍しく歯切れの悪い真ちゃんは、むぅと口を噤んだ。
言うべきか言わざるべきか迷っている風だった。こういう時の真ちゃんは押して押しまくれば、いずれ根負けして口を割る。経験的に分かっていたオレは、真ちゃんの左手をとって、小首を傾げた。
真ちゃんは、オレが下から上目遣いでするお願いに弱い。あざといのは承知の上。この際、使える手は遠慮なく使ってやれという、半ばやけくそのような気持ちでいた。
「オレは真ちゃんと一緒にいたいよ。けど大学が分かれちゃったから、今みたくずっとつるんでるってわけにもいかないっしょ? だから同棲したいって思ったんだけど」
「どっ……!?」
オレの言葉に、真ちゃんが過剰に反応した。あ、やっぱり同棲っていう理解はなかったわけか。真っ赤になって動揺を露わにする真ちゃんに途端に楽しくなってしまい、オレは自然こみ上げてきた笑みをそのままに、真ちゃんの耳元へと唇を寄せた。
「そう、同棲。恋人同士が一緒に住むんだから、ルームシェアじゃなくて同棲っしょ」
意識的に声を低く落とせば、真ちゃんの肩がぴくりと震える。耳と、何よりオレの声に弱い真ちゃんには効果覿面だ。
「か、からかうんじゃないのだよ」
焦った声と共に、反射的にぎゅうと肩を押しのけられる。見れば真ちゃんはむっと眉間に皺を刻んで、不服そうにオレを睨み付けていた。けれど頬を朱に染めたまま、拗ねた感じに唇を尖らせているのだから、全然迫力がない。
「からかってなんていねーよ。全部本音だし」
むしろあまりの真ちゃんの可愛さに、ちゅーしたくなる衝動をぐっと堪える。いくらなんでも土下座までして真面目な話をしているのだから、さすがにここは我慢だ。イチャイチャするのは後でもできる。
「なあ、どうして駄目なの?」
真ちゃんの左手を握ったまま、なあなあなあとしつこく理由を問い詰める。真ちゃんはひとしきり黙りこくっていたのだが、いい加減オレが諦めないと悟ったのか、やがてやれやれと首を振った。オレの粘り勝ちだ。
「……距離が近すぎると、盲目的になって、大事なことが見えなくなってしまうのではないかと思ったのだよ」
渋々といった体で真ちゃんが口にした言葉は、意外性のあるものだった。
「へ? 逆じゃねーの?」
同棲をすると、見えなかった相手の嫌な部分が浮き彫りになってしまい破局するなんて良く聞く話だ。
「そういう意味ではない。高尾と時間を共にしたままでいて、この先、互いの視野が狭くなってしまうことがオレは恐いのだよ」
真ちゃんの呟きは静かだったのに、酷く重かった。オレは今まで、そんなの考えたこともなかった。
「お前と共に過ごしてきて、考えていたことがある。お前と一緒にいるのは心地いい。だが世界はオレたち二人だけで構成されていないし、優しいばかりでもない。ましてや、オレたちは男同士だ。今は隠し通せたとしても、いずれ偏見の目は出てくるだろう。それに、オレはお前の可能性を奪いたくない。狭かったオレの世界を広げてくれたのはお前だ、高尾。けれど、お前がオレに合わせて、世界を狭める必要はない。だから距離の離れる大学入学は、お互いを落ち着いて省みるのに、いい機会だと思ったのだよ」
「何それ。真ちゃんが好きって言う気持ちだけじゃ駄目なの!?」
真ちゃんが遥か遠くにいるみたいな気がして、オレは心細さから荒げた声と鋭い視線を送る。それを真摯に受け止めて、真ちゃんは真っ向見返してきた。
「それだけではいつか破綻がくるのだよ。単に目先のことだけでなく、将来ずっと傍にいるために、色々な経験を積んでおいたほうがいいという提案だ」
「あ……」
「……そんな切羽詰った顔をするな。それが危ないといっているのだよ」
真ちゃんが苦笑して、オレの頬にそっと手を伸ばした。一体どんな顔をしているというのか。真ちゃんの触れてくる手が酷く暖かくて、オレはゆっくり息を吸い込むと静かに瞳を閉じた。
「……話すかどうか、迷っていた」
「話してくれてよかったよ。いきなり真ちゃんがよそよそしくなったら、オレ、絶対暴走する自信あるもん」
取り乱したオレが少し落ち着いたのがわかったのか、真ちゃんはオレの肩に額を寄せてきた。
「それにお前が隣にいると、オレは甘えてしまうのだよ」
「甘えてる自覚はあったのね」
「煩い」
「オレは真ちゃんを甘やかしてーのに?」
「オレを駄目にする気か」
「ぶっは。こうやって三年甘やかしてきたのに、別にお前は駄目にならなかったろーがよ」
もっとオレに溺れてくれてもいいのに。デロデロに甘やかして、オレなしでは生きていけない身体にしてやったのに。流されやすいくせに、肝心なところで真ちゃんの理性は頑なだ。でもその変わらない頑なさが好ましい。
「悔しいが、オレたちはまだ力のない子供なのだよ。それをちゃんと頭にいれておかなければならない」
正直なところ、真ちゃんがオレとの関係について、遠い未来のことまで視野に入れて考えていてくれていたことが驚きだった。
「……なあ、真ちゃんはオレと一緒にいれなくて寂しくないの?」
「この程度で壊れてしまうのなら、それまでの関係だったというだけなのだよ。何も別に会うなといっているわけではないのだからな。お前は大げさに考えすぎだ」
「だっ!」
フンと真ちゃんは鼻を鳴らして、オレにデコピンをかましてきた。オレは額を押さえながら、唇をへの字にしてぶーと真ちゃんに非難をアピールする。
「それに、オレはお前とはそんなことにならないと思っている。高尾がオレの傍から離れる未来なんて、どうやっても描けないのだよ」
「何そのデレ!! 急に止めて!!」
突然投下された不意打ちの大きなデレに、オレは不覚にも真っ赤になってしまった。額の些細な痛みなど、すぐに吹っ飛んだ。じわじわと全身を這い上がってくる歓喜に、オレは床に蹲って泣きそうになった。真ちゃんからの信頼が伝わってきて、心臓がドキドキと高鳴っているのがわかる。これ、真ちゃんにも聞こえちゃうんじゃないだろうか。
真ちゃんは、オレの様子にくつくつと微笑を零している。いつもはオレが真ちゃんを赤く熟れさせているから、してやられて凄く悔しい。悔しいけど嬉しい。
結局、オレはいつだって真ちゃんに勝てやしないのだ。
「……期間は?」
「ずっととは言わない。二年だ。少なくとも二年は、時間が欲しいのだよ」
オレと真ちゃんの視線が絡む。二年は短いようで長い。多分真ちゃん的にも沢山考えて、導いた結論としての二年なのだろう。なら、オレはエース様の望みを呑むだけだ。
オレは降参とばかりにため息をついて腹を括ると、肩を竦めて苦笑した。
「わかった、二年だな」
真ちゃんに恋して、こんな想い叶うわけないと胸に秘め、それでも諦めきれずに燻らせていた一年半。あの頃の苦しさに較べたら、この先のための二年なんてどうってことない。
オレは真ちゃんの左手を絡め取る。テーピングで保護されなくなったとはいえ、その指先は今もなお神々しいほどに白く繊細で、オレの尊敬の象徴だ。
「そしたら、覚悟して? もう離さないからな」
オレは誓いを立てるように、恭しくちゅっと左手の薬指に口付け、口角を上げにやりと笑った。今度は真ちゃんがぽんっと顔を真っ赤に染めて、それでもしっかりと頷いてくれた。
こうして二年間の猶予を真ちゃんに与えたオレは、胸に若干の苦さを抱えつつも、人生楽しんだもの勝ちという座右の銘に従って、大学生活を謳歌することにした。正直にばらそう、真ちゃんに対する当て付けの気持ちが、微塵もなかったとは言わない。
真ちゃんはそのまま実家から大学へと通うことを選択し、オレは一人暮らしを始めた。真ちゃんと同棲を始めるまでに慣れておきたかったというのもあるし、家を出たほうが色々と(桃色的な意味で)都合が良いという計算もあったからだ。
いつも真ちゃんがいたオレの右隣は少し寂しくなったものの、結果として、真ちゃんの言っていたことは的を得ていた。
大学が始まって、真ちゃんと物理的に離れたことで、オレたちがどれだけ互いしか見えていなかったのか、周りのことが見えなくなっていたのか痛感させられた。
恋は盲目とは良く言ったものだ。一歩離れた場所で客観的に考えてみれば、高校時代のただただ感情や熱に任せるだけだった自分達の関係が、どれだけ危ういものであったのか、ぞっと背筋が寒くなった。わかっているつもりで、全然わかっていなかった。自慢の鷹の目も、真ちゃん相手にだと簡単に曇ってしまう。
あまりにも近くにいすぎて、それが当たり前になっていたから、適切な距離感というものを完全に見失っていた。
真ちゃんさえいればいいと、真ちゃんしか映していなかった視界が、正常に戻った気がした。
まるで憑き物が落ちたような心持ちで、オレと真ちゃんは心機一転、それぞれ大学やバイト先やらで新しいコミュニティを作り上げた。コミュ障とまで言われた真ちゃんが、それなりにきちんと場に溶け込んで、大学生活を送れている事にヤキモキしつつも、真ちゃんも成長したなあと感慨深い。
そんな風に真ちゃんを変えたのが自分だと思うと、ひっそりと優越感に満たされた。真ちゃんがオレを変えてくれたのなんて言わずもがなだ。お互いがお互いに良い影響を与えている事実が、とても誇らしかった。
そんなわけで勿論、真ちゃんとのお付き合いも順調だ。一緒にいなければ死んでしまうのではないかとまで思い詰めていた心配は、当たり前だが全くの杞憂で、寧ろ大学が別になり距離を置いたことで、オレたちは落ち着いた交際ができていたんじゃないかと思う。全く、卒業間際のあの悲壮感は一体何だったのかと、今考えると馬鹿じゃないのかと呆れてしまう。だが、そういった情熱に任せた気分の高揚もまた、自分の中の大事な真ちゃんへの想いの一つとして、これからも胸に抱いていくのだろう。
デートも、キスも、セックスも、嫉妬も、喧嘩もたくさんしたけれども、高校時代の勢いのまま同棲をしていた状態だったとしたら、もっともっと互いを雁字搦めにしてしまうような、張り詰めた感情が陰湿で、根深いものになっていたんじゃないだろうか。特にオレの、真ちゃんに対する執着が、だ。
高校の頃から、オレに流されることが多かった真ちゃんは、理性と欲望の狭間で、多少なりとも危機感を抱いていたのかもしれない。湧き上がる熱に溺れて、盲目的になってしまう程、オレ達は互いのことが大事で、好きだった。それは決して悪いことではない。だがマイノリティであることは、頭の片隅で鑑みなければいけなくはあったのだ。
オレたちに足りなかったのは、多分、余裕だ。
それを身に染みて理解できた真ちゃんとのモラトリアム期間は、きっとこの先の糧となる尊いものなのだろう。
因みに、オレが一人暮らしを始めたことで、真ちゃんはちゃっかりオレの新居を根城にし始めた。なら同棲しても変わらないじゃんとつっこんだこともあるのだが、そこは真ちゃん、決めたことには揺らいでくれず頑固だった。
そうこうしている内に一年が経ち、穏やかに楽しく日々を過ごしている間に真ちゃんの身辺が徐々に忙しくなり、年が明けた辺りで実家と大学の往復すらも惜しいという程になった。物理的な事情も絡んで、いよいよ本格的に真ちゃんが家を出なければならない時期がやって来た。その頃には、すっかり真ちゃんもオレとの同棲に異論はなくなっていた。長すぎずも、短すぎるわけでもない二年で積み重ねた、過去を振り返り先を考えるための時間が、功を奏したようだった。
二年経っても、オレと真ちゃんの心は変わらなかった。互いの意志を確認して、オレたちは手を離さないことを決心した。
こうして春に差し掛かった頃、普段から根回しをしていたオレは、真ちゃんとオレの両親を丸め込み、お互いの大学から通うのに丁度いい不動産を見つけ、真ちゃんから物件にオッケーを貰い、あれよあれよという間に同棲のセッティングを整えてしまったのであった。
あまりに手際が良かったせいか、唖然とした真ちゃんが「執念を感じるのだよ」と呟いていたけれども、聞こえない振りだ。
最寄り駅から約十分。どちらかというと真ちゃんの大学に程近い場所に構えた新居は、真ちゃんのラッキーアイテムの関係もあって広い収納のある2LDKだ。日当たり良好の角部屋。我ながら、引越し繁忙期によくもまあこれだけ上物の物件を見つけられたものだと自画自賛する。築年数は少し経っているものの、家賃の割に全体的に作りが大きめだったことが決め手になった。小綺麗な内装、広い収納とユニットバス、何よりもさして屈まずに通れるドアに、頭をよくぶつけている真ちゃんのテンションが上がったのは言うまでもない。
春休みを利用して準備を行い、三月末に引越しを行った。当日はオレたちの関係を打ち明けても、変わらず交流を続けている大坪さん、木村さん、宮地さん、そしてキセキの一同が、引越し祝いも兼ねて手伝いに来てくれたので、どうにか滞りなく終わった。木村さんちのトラックを借りて、オレのベッドやテレビなどの大物を運べたのが大助かりだった。リヤ充爆発しろと散々からかわれた。当たり前に皆から与えられる理解が、酷く心強かった。
高尾、緑間と苗字の並んだ表札を見て、感動で思わず表情が脂下がってしまったのは仕方ないことだろう。心なしか、真ちゃんも浮き足立っていた。その日の夜の事情は推して知るべし。
とはいえ、まだダンボールは堆く積みあがって、荷解きしきれていない。お互いの荷物をそれぞれ片付け、共有スペースをどうするか相談したり、足りないものを買いに出たりして、部屋を好みに整えているうちに春休みは終わってしまった。
実家を出たばかりで、慣れない真ちゃんに合わせ、お互いのルールも決めた。真ちゃんに包丁を持たせたくなかったので、料理全般はオレ。その代わり洗濯は真ちゃんが担当し、ごみ出しと掃除は当番で行うことにした。買い物は、手が開いている方が行ったり、デート気分で二人で出かけたり様々だ。
「ワリィ、真ちゃん。時間あったら、帰り牛乳買ってきてくんない? オレ夕方にバイト入ってて、スーパー行けねーわ」
「いつものでいいのだな? あと今晩はオムライスが食べたい」
「オッケー。んじゃ卵も一パックよろしく」
などという所帯じみた会話ですら、一緒に暮らしているのだという実感が伴って、じーんと感動を噛み締めていたのは真ちゃんには内緒だ。
そうやって、ゆっくりとお互いの大学生活やバイト、友達付き合いのペースを手探りで模索しながら、真ちゃんと二人で暮らし始めて一ヶ月。漸く生活が落ち着き出し、同棲もどうにか板についてきた頃。
「ただいま」
大学から帰ってきた真ちゃんが、リビングのテーブルに荷物を置いた。
「真ちゃんお帰り。ナイスタイミング。晩御飯もうちょっとで出来るぜー……って、何買ってきたの?」
晩御飯の味方、パスタのソースを作りつつ、サラダの野菜を切っていたオレは、真ちゃんが手にぶら下げているものに興味を注がれた。一つは白い箱。形状からして、おそらくケーキだと思われる。問題はもう一つの紙袋の中身だ。
「ああ、紅茶だ」
真ちゃんは紙袋から丁寧にいくつか物を取り出した。こと、と小さく音を立ててテーブルの上に乗せたのは、金色の缶と茶漉し、そしてこれまた箱。梱包を解いて、恭しく真ちゃんの指に包まれたのは、丸い白磁器のポットだった。
「久しぶりに、茶葉から淹れた紅茶を飲みたくなったのだよ」
言われてみれば、この部屋にある飲み物は、ミネラルウォーターに牛乳、オレが持参したコーヒーメーカーから作られるコーヒーと、ペットボトル飲料くらいしかなかった。
すっかり忘れていたのだが、緑間家は紅茶党だった。真ちゃんママと妹ちゃんが大の紅茶好きだそうで、色々な紅茶を買ってくるのだとか。だから遊びに行った際も、出される飲み物は紅茶が殆どだった。
なお、高尾家はコーヒー党である。紅茶なんて、飲んだとしてもお徳用の安いティーバッグがせいぜいだ。だから遊びに行くたび、緑間家で出される多種多様な紅茶を、割と楽しみにしていた節がある。
「けどオレ、紅茶なんてティーバッグ以外で淹れらんねーぞ?」
普段全くといっていい程口にしないので、正直ちゃんとした紅茶など淹れ方がわからない。ただ茶葉を適当にポットに入れてお湯を注げばいいのかと思っていたのだが、真ちゃん曰く美味しく淹れるためには色々気を使わないといけないらしい。昔そんな話を聞いたからか、紅茶は淹れるのが面倒臭いというイメージがあって、オレは気後れする。
真ちゃんはポットを持ってキッチンに移動してくると、シンクでポットと茶漉しを洗浄し始めた。調理中に出た汚れ物もついでに洗ってくれているのだが、手がまだおぼつかなくて少しだけハラハラしてしまう。
「何を言っているのだよ。オレが淹れるに決まっているだろう? お前に紅茶を淹れてもらおうなど、これっぽっちも期待していない」
「へっ!?」
まさかの返答にきょとんと目を瞬かせたオレをよそに、真ちゃんはポットを布巾で丁寧に拭きつつ、フライパンから立ち上るトマトソースの匂いに鼻をひくつかせた。
「それよりも高尾、オレは腹が減ったのだよ。早くしろ」
待ちきれないとばかりに、真ちゃんがそわそわとせかしてくる。つられてキッチンに充満するいい匂いに、オレも胃の辺りがきゅーんと動いた。何はともあれ、まずは腹ごしらえだ。
「……へいへい。んじゃ皿取ってくんない?」
「わかったのだよ」
真ちゃんが皿を用意してくれている間に、茹で上がったパスタをフライパンに投入して、パスタとトマトソースをよく絡める。今日はベーコンとツナのトマトパスタ、グリーンサラダ、野菜スープが夕飯だ。それぞれのメニューを、真ちゃんが出してくれた皿に盛り付ける。真ちゃんがリビングまで配膳している間に、オレは冷蔵庫からタバスコとドレッシングを取り出して、エプロンを外した。
調味料をテーブルに置いて腰を下ろす。対面の真ちゃんは、オレが座るのを待ってから手を合わせた。
「いただきます」
「いただきまーす」
二人で唱和してから食事を開始する。オレはタバスコを手にとって、鼻歌交じりに自分のパスタにどばりとかけた。サラダにドレッシングをかけていた真ちゃんは、それを見て眉間に皺を寄せて酷くうんざりした顔をした。いつものことだが、そんなに嫌なもんかね。
甘党の真ちゃんと、辛党のオレの味覚は相容れない。オレのピリ辛が真ちゃんにとって激辛で、真ちゃんにとっての程よい甘さがオレにとっては激甘という程反りが合わない。食事の好みが正反対というのは、一緒に暮らす間柄にとって致命的である。
一人暮らしをしていた頃から、度々訪れる真ちゃんに手料理を振舞っていたこともあり、真ちゃんが食べられる味の好みや辛さの程度はおおよそ把握している。基本は真ちゃん寄りの味付けにして、オレが個人的に辛さを追加するのが無難ということになった。
同棲を始めてからは、お互いの味覚に歩み寄ろうと試行錯誤して改善を重ねているが、それでも真ちゃんはオレが辛味調味料をどっさり投入すると、理解できないという表情を浮かべる。先日も、うどんに大量の一味唐辛子を追加したところ、真っ赤に染まったつゆに、真ちゃんが「食欲が失せるのだよ……」と口に手をやって呻いていた。
余談であるが、唯一お互いの味覚が妥協できたメニューはカレーである。カレーは偉大だ。
タバスコにまみれたパスタを、フォークでくるっと巻き取って口に運ぶ。うん、いい辛さ。麺の固さも丁度良く、トマトがしっかりタバスコと混ざって、我ながら美味しく出来たと自画自賛する。
味見でソースの甘みと酸味のバランスは、ちゃんと真ちゃんの好みに合わせてあるのだけれどどうだろう。食べながら真ちゃんをそっと窺うと、口元がひっそりと綻んでいるので、どうやらお気に召してくれたようだ。オレの機嫌も上向きになった。我ながら単純だなあと、内心苦笑する。
オレは傍らにあったリモコンでテレビの電源を入れて、ニュースを流した。真ちゃんはニュース以外は煩いと消してしまうので、必然的に二人でいる時はニュースが定番だ。
「どう? 今日のパスタ、結構美味くできてない!?」
「……まあまあなのだよ」
パスタを咀嚼しきってから、真ちゃんが偉そうに鼻を鳴らして眼鏡のブリッジを押し上げた。ツンデレ真ちゃんのまあまあは、翻訳すると結構な褒め言葉だ。
付き合いの長い真ちゃんの表情を読むのは得意だとはいえ、やっぱり本人の口から聞きたい。だから、わかっていても感想をねだる。
「えへへ~。そっかーよかった」
嬉しくなって顔を緩めると、真ちゃんがむむ、と唇を引き結んだ。目の際をほんのり赤くしながら、ばつが悪そうに視線をオレから外して、パスタに集中し始めた。
「ヘラヘラしていないで、冷めないうちにさっさと食べるのだよ」
こんな愛しいやりとりは、もはや日常茶飯事だ。
ツンツンしながらも、真ちゃんはちまちまとパスタを食べている。ガタイの割りに小食な真ちゃんは、一度に口へ運ぶ量も少ないし、食べるのも遅い。お上品というか、女子か!と突っ込みたくなるが、案外オレはその小動物みたいな食べ方を見るのが好きだったりする。だって可愛いんだもん。
「そういや明日なんだけどさー、オレ、午前中休校になっちゃったんだよね」
「奇遇だな。オレも朝一の授業が休校になったのだよ。あと夜は家庭教師のバイトだから、少し遅くなるのだよ」
「ああ、バイトの日か。んじゃ、明日はあっためて食べれる夕飯がいいな。となると、手っ取り早くカレーかなー。昼間作っていけるし」
「チキンカレーがいいのだよ」
「鳥モモ肉あったっけ……」
流れてくるニュースをBGMに、明日の予定やら、今日あった出来事など何気ない会話を重ねて真ちゃんと笑い合う。同じ飯を食いながら優しい時間に身を委ねて、ささやかな幸せを二人で分かち合って噛み締めた。
談笑しつつ夕食を綺麗に平らげて、オレの皿と真ちゃんの皿をまとめてキッチンへ運んだ。そういえば、さっき真ちゃんが紅茶を淹れるとかいっていたっけ。まだ洗い物が出そうなので、オレは食器を流しに置き、とりあえず水を張っておくだけにする。
「お茶、真ちゃんが淹れてくれるんだよね?」
真ちゃんが買ってきて、冷蔵庫にいれた箱を取り出して開けてみる。入っていたのはシフォンケーキが二つ。つくづく甘いものが好きな男だ。
「ああ。お前は座っているのだよ」
「ええー。どうせならオレも見たいな~」
紅茶の淹れ方に興味を引かれたのも勿論なのだが、真ちゃんがきちんとキッチンを使えるかどうか心配が勝った。オレのエース様は料理がからっきしで、キッチンに立つ機会があまりない。最近は洗い物を手伝ってくれるが、漸く手つきの危なっかしさがなくなってきたという程度だ。紅茶一つで過保護な、と呆れられるのは承知の上。何せ下手をすると調味料を開封するだけなのに、床にぶちまけられる男である。
「フン。勝手にしろ」
軽く腕まくりをして、真ちゃんはやかんに水を注ぎコンロにかけた。オレは首を傾げて、リビングにおいてある電気ポットを指差した。
「なー、お湯沸いてるぜ?」
「沸かしたてのお湯を使うのがいいのだよ」
「へー!」
湯を沸かしている間に、真ちゃんは棚からマグカップを取り出した。同棲記念で買った、緑とオレンジのお揃いのマグカップだ。緑がオレの、オレンジが真ちゃんのである。
真ちゃんはポットとマグカップをトレイに乗せてリビングへ行くと、それらに電気ポットのお湯を注いで戻ってきた。
「なんだっけ? 使うものは、あらかじめ温めておかないといけないんだっけ」
「ああ。ゴールデン・ルールというのだよ」
「そうそう! 思い出してきた」
昔教わった知識を、記憶の底から引っ張り出してくる。手を打ったオレに、真ちゃんはふっと口角を緩めた。
ポットの中で湯を回し、暖まったのを確認してからお湯を捨てる。金色の紅茶葉の入った缶を開けて、ティースプーンで軽く2杯掬う。真ちゃんが茶葉をまいてしまわないか、ひっそり緊張していたのはここだけの秘密だ。
準備をしている間にお湯が沸き、シュンシュンとやかんが白い湯気を放ちながら音を上げた。
ポットを手にした真ちゃんは、沸騰したてのお湯を手早く注ぐ。お湯が入った瞬間、ふわっと芳醇な紅茶とりんごの甘い香りがキッチンに広がった。何だかとてもほっとする匂いだ。
ポットに蓋をし、真ちゃんは携帯でタイマーをセットして、ふうと息を付き肩の力を抜いた。紅茶の準備はこれで終わりみたいだ。
想像していたより真ちゃんの手つきが様になっていて、思わず見惚れていた。こういうとき美形は絵になってお得だ。真剣に紅茶を淹れる真ちゃんの、長い睫毛を伏せがちにした目とか、結構くるものがある。
「考えていたより全然簡単なのな。これならオレでも出来そう」
「お前なら余裕だろう。ちょっとした手間をかけてやるだけなのだよ。でもそれだけで全然違うものになる。お湯の温度が下がらないように、ティーコジーなども被せるといいのだが、まあそこまでしなくても大丈夫だろう」
茶葉を蒸らしている間に、二人でケーキを皿に乗せてセットする。
ケーキの準備をしている間、凡そ2分経たない程度で携帯がアラームを鳴らす。真ちゃんがそれを止めて、ポットの蓋を開けると、スプーンで一度中を混ぜた。マグカップの湯を捨ててから、真ちゃんは茶漉しを手に、ポットの紅茶をそれぞれのマグカップに少しずつ、交互に注いでいく。鮮やかな濃いオレンジ色をした水色が、とても綺麗だ。
「回して注いでいるのは、紅茶の濃さを均一にするためだ」
オレが興味深そうに覗き込んでいるからだろうか。真ちゃんがそう教えてくれた。
「さあ出来た。持って行くのだよ、高尾」
「ほいほい」
トレイの上には紅茶とケーキ。食後のデザートなんて、普段はコンビニのプリンやアイスだったり、真ちゃんのためにお汁粉を作ってやったりするくらいだから、ちょっとした贅沢みたいで少しばかり浮かれ心地になる。
真ちゃんはポットや茶漉しににたまった茶殻を軽く水でゆすいでから、スティックシュガーの束を片手にリビングにきた。今度はオレが眉を眉を顰める番だった。先ほどとは立場が真逆である。
「真ちゃーん、そんなに砂糖入れたら糖尿になるぜ? おしるこだって飲んだんだろ?」
「……煩い。風味が増すから、紅茶には砂糖を少量入れたほうがいいのだよ」
「お前のは少量ってレベルじゃねーだろ」
「ぐっ……」
ふふんと我が物顔で真ちゃんが知識を披露するも、オレのツッコミにあえなく声を詰まらせた。
「ケーキもあるんだしさ?」
オレはにっこりと笑う。威圧感を乗せた笑みを崩さないオレと、砂糖の束に何度も視線を行き来させて、真ちゃんは悔しそうにゆっくりとスティックを1本だけ手に残した。はい、良く出来ました。
「んじゃ食おうぜー!」
二度目のいただきますを呟いてから、オレはマグカップに手をかけた。じっとこちらを凝視してくる真ちゃんの視線が突き刺さるようだ。オレの反応を気にしているのだろう。こういうところが、酷く愛しい。
真ちゃんが手ずから淹れてくれた紅茶を飲むだなんて、どのくらいぶりだろう。高校時代、真ちゃんママが不在の際は、面倒臭そうにしつつも真ちゃんはたまにこうやって紅茶を淹れてくれたっけ。あれだけ遊びにいっていた緑間家も、大学に入って、オレが一人暮らしを始めると、専ら会うのはオレの部屋となり、すっかりご無沙汰していた。先日、ルームシェアの関係で挨拶するため、久しぶりに訪れた程度になっている。
同棲してからは、料理担当の流れで、食後に飲み物を出すのは自然とオレの役割になっていた。
湯気の立つまだまだ熱い紅茶にふーと何度か息を吹きかけて、冷ましてからゆっくりと頂く。渋さも全くなくて飲み易く、甘やかなりんごの香りが口の中に広がる。コンビニのペットボトル飲料や、ティーバッグから適当に入れたものとはやっぱり味が全然違う。
「美味い」
「そうか」
真ちゃんが淹れてくれたっていう事実だけで胸がいっぱいになるのだけれども、純粋に紅茶は美味しかった。
即した言葉が浮かばず、単純な短い賞賛しかできなかったが、満面の笑顔で褒めると、ほっと真ちゃんが胸を撫で下ろした。真ちゃんもマグカップを手に取って、紅茶を飲み始める。口元がゆるりと弧を描いたので、満足できる出来だったのだろう。
オレももう一度、紅茶を味わう。どこか懐かしい味に、緑間家にお邪魔して過ごした日々が脳裏を掠めて、オレは自然目を細めた。そこで、はたと記憶が甦った。
「このお茶、真ちゃんちにお邪魔すると、良く出してくれたやつじゃね?」
「ほう、よく覚えていたな。昔、お前がこのお茶を気に入っていたようだったのを、オレもふと思い出してな。それで買ってきたのだよ」
「えー? そうだったっけ?」
「……多分、最初に母と会った時か? 出されたティーセットに瞳をキラキラさせて、『こんな紅茶飲むの初めてだよ、真ちゃん!』とか言って、はしゃいでいたのがどうにも印象に残っていたのだよ」
「うえぇ……何それ恥ずかしい……。まあ確かにこんな紅茶、うちじゃ飲まねーもんなあ」
オレにはまだ紅茶が少し熱かったので、気を取り直してケーキをつついた。真ちゃんが買ってきてくれたシフォンケーキは、あくまでもシンプルなもので、甘いものが苦手なオレにも配慮をしてくれていた。小分けに切ってフォークで口に運ぶと、オレでも食べられる程度の控えめな甘さだ。真ちゃんにはちょっと物足りないかもしれないが、素朴な味がしてオレには結構ポイントが高い。何よりアップルティーに良く合うお菓子だった。いつもながら思うのだが、真ちゃん女子力高すぎだろう。
「つーか、急にこんなことしてどうしたの? 真ちゃん」
食後のデザートを楽しみながら、暫くして真ちゃんの意図を窺う。
真ちゃんは、半分ほど食べ終わったシフォンケーキの皿へ静かにフォークを置いた。
「……オレがお前の手料理を食べていると、お前があんまりにも幸せそうに笑うからいけないのだよ」
「へ?」
オレが双眸を見張ると、真ちゃんは苦々しげにかちゃかちゃと眼鏡のフレームを押し上げた。
「だから! オレも何かを提供して、お前を喜ばせたら、同じ気持ちになれるのかと思って……。ただオレは料理の一つもできないから……せめて茶くらいなら淹れられると……」
途中で恥ずかしくなってきたのか、どんどん声は萎えて行き、真ちゃんはぷいと視線を逸らす。
うわーうわーうわー。投下されたデレに、オレは内心の落ち着かなさを隠して、真ちゃんに問うた。
「ぶはっ。んで、実際やってみてどうだった?」
「……胸が暖かくなったのだよ」
左手で胸に手を当てて、微かに俯く真ちゃんは、穏やかに小さく口元を緩めている。反芻でもしてるのだろうか。
ああ、可愛い。こんな風にオレのことを考えて、オレの行動で幸せに浸ってくれる真ちゃんにたまらなくなる。オレはニヤニヤと表情を崩して、テーブルに頬杖をつきながら、真ちゃんを見上げた。
「オレもそうだよ。真ちゃんが美味そうにオレの作った飯食ってくれると、すっげー嬉しくなる。作って良かったなあとか、たっぷりこめた愛情が伝わってるのかなーとかって。また美味い物食わせてやりたいなーって励みになるわ」
だからこれからもオレの料理を食べてねと締め括れば、当たり前なのだよとばかりに真ちゃんはこくりと頷いた。
「なら、これから一緒に食事をとった後は、オレが茶を淹れてやるのだよ」
「えっ、マジで?」
「何だ、不満か」
「不満なわけねーよ!! 嬉しいに決まってんだろ。だって真ちゃんがオレのためだけに淹れてくれるんでしょ!?」
「フン……。オレが飲みたいだけなのだよ」
「そこは素直になっておこうぜ!? あーそれでもオレ嬉しいわ」
同棲最高と、オレが浮かれ気分で顔を綻ばせていると、真ちゃんは一瞬考え込んだ後、意を決したように息を吸い込んだ。
「高尾」
「ん?」
「……お前と暮らし始めて、お前の美味い料理を食べて、オレはこれ以上もなく幸せだ。オレはお前みたいに器用ではないが、茶くらいなら淹れられる。だから、ささやかだがオレにもお前を喜ばせさせるのだよ」
「ほえ!?」
早口で紡がれた言葉に、オレはぽかんとあっけに取られた。
真ちゃんは自分の呟きなど知りませんという態度を決め込んで、再び紅茶を飲み出す。照れ隠しのつもりなのだろう。慣れない言葉を伝えたせいか、羞恥心で頬を上気させ、それでもツンとどこ吹く風を装う真ちゃんに、オレのなけなしの理性は今にもログアウトしそうだった。
「真ちゃん。今日お前のこと抱くわ」
オレの発言に、紅茶を飲んでいた真ちゃんが盛大にむせた。みっともなくお茶を噴き出さなかったのは、真ちゃんのプライドだろうか。
「いやー、明日お互い朝遅くて大丈夫だなんて、これはもう運命だよね?!」
「なっ……!? たっ……」
よろよろと手に持っていたマグカップを退避させてから、真ちゃんはごほごほと激しく咳き込む。ティッシュボックスを渡してやると、慌ててティッシュを引き抜いて口元を拭った。付き合い始めて随分経つのに、未だ真ちゃんはこういうところが初々しい。
「真ちゃんさー、いい加減学習しなよ。そんなに可愛いこといわれたら、我慢できなくなるに決まってんだろ……」
「おっ、お前が素直になれと言ったのではないか!?」
「そうだね。素直な真ちゃんが、ちょー可愛いからいけないの」
「オレのせいにするんじゃないのだよ!?」
真ちゃんは喚くけれども、本当ならすぐにでもその手を取って、寝室に連れ込みたい気持ちで満々だ。
「でも、今はちゃんと真ちゃんの淹れてくれたお茶を味わいたいから、とりあえずこの場はこれで我慢しとく」
そう言って紅茶とケーキに気をつけながらテーブルから身を乗り出すと、オレは真ちゃんの唇にちゅっと小さく口付けた。
触れた唇は温かくて、オレのよりもほんのりと甘い紅茶の味がした。