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ティータイム・エトセトラ3

12 23 *2013 | text

緑間君がお茶を淹れるためにあれこれするお話です。同棲、大学生設定です。今回は赤司様が出張ってますので、高緑要素はちょっと薄めです。
ネタが浮かばないと嘆いている友人が、赤司様が出てくる話が読みたいといってくれたので書いてみました。こんな感じでよかったのかなーと思いつつ、課題はクリア、できたかな?
作中出てくる作品に関しては割と知識不足が否めなくて申し訳ない表現しかできずに…すみません。



続き




 ――嵐は、突然襲来した。


ティータイム・エトセトラ3


 麗らかな陽光が差し込む土曜日。
 オレは、ベランダに綺麗に干し終えた洗濯物と布団を見つめて、溜め込んでいたそれらをやっつけたことに達成感を覚えて悦に浸っていた。洗濯機を回している間、フローリングに掃除機をかけ、ここのところ忙しかったせいで本腰を入れられなかった家事に勤しんでいる。風呂も洗面台もシンクも、ぴかぴかに磨き上げた。
「ふぅ……」
 静かに息を付く。部屋には、BGM代わりに流しているクラシック音楽の演奏だけが小さな音量で流れている。
 高尾は、朝から急なバイトに出かけていってしまった。
 折角久しぶりにゆっくりできる一日だったというのに、予定が狂ってしまった。本当なら、今日は高尾を誘って、見に行きたかった美術展に足を運ぼうかと思っていたのだ。しかし情けない話ではあるが、なかなか誘いの言葉をかけることができず、もだもだしているうちにバイトに高尾を取られてしまいこのザマだ。掃除は行き場のない八つ当たりの成果というわけでは、断じてない。
 美術展は一人で出かけてもいいのだが、どうしたものか。あまり気が乗らず、オレは今日の予定を決めかねていた。
 ベランダから戻って時計を見上げれば、既に10時を回っていた。朝から掃除にかかりっきりだったので、少しの疲れと喉の渇きを覚える。丁度いい、そろそろ休憩を入れるか。オレは気持ちのいい充足感に胸を張りながら、鞄から財布を取り出した。疲れた時には甘いものだ。近所のコンビニにお汁粉を買いに行こう。
 音楽を止め、ハンガーにかけてあるコートを羽織り、今日のラッキーアイテムであるUSBメモリをポケットに突っ込んで、オレは玄関へと向かう。
 玄関先の棚に置いてある鍵を手にしたところで、タイミングよく、ピンポーンとチャイムが鳴った。
 一体誰だろう。この時間からすると、新聞の勧誘だろうか。オレは靴をひっかけて、ドアスコープから外を窺った。
 オレの眼に飛び込んできたのは、鮮やかな紅。そして緋と橙のヘテロクロミアの瞳。
 がちゃがちゃと慌ててチェーンと鍵を外す。勢いのままドアを開けば、そいつは悠然と笑みを湛えて、軽く手を上げた。
「やあ、真太郎」
「京都にいるはずのお前が、何故こっちにいるのだよ!?」
 ――赤司征十郎。キセキの世代PG、帝光中時代の主将であり、高校時代では互いにしのぎを削った相手である。彼は洛山高校を卒業した後、そのまま京都の大学に進学した。本来なら京都という遠い土地にいるはずの人間が、連休でもないただの休日に何故東京にいるのか。というよりもどうして今、オレの目の前に立っているのか。
「久しぶりに会ったというのに、随分なご挨拶だね」
 何が楽しいのか、赤司は頤に手を当ててくつくつと声を漏らした。まるで悪戯が成功したとでも言わんばかりの様子だ。
「連絡もなしに来て、オレがいなかったらどうするつもりだったのだよ」
 オレは憮然と返した。そもそもこれからコンビニに出かけようとしていたところだ。もう少しタイミングが遅かったら、入れ違いになっていただろう。
 しかしそこは赤司。余裕癪癪だ。
「オレに抜かりがあるとでも? さて、真太郎。出かける準備は万端なようだね。行くよ」
「は?」
 一体何を勝手に言っているのだよ。赤司の気まぐれには過去何度も振り回されているが、また今回もその類なのだろうか。オレは困惑気味に声を荒げた。
「行くってどこに!?」
「それは到着してからのお楽しみだよ」
「オレの都合は!?」
「時間はあるのだろう?」
 確かに暇をしているが、それとこれとは話が別だ。
 しかし赤司にぐいと腕を引かれて、はきかけの靴のままつんのめってしまったオレは、玄関からあっさりと外に出てしまう。オレがたたらを踏んでいる間に、赤司はオレの手からあっさり鍵を奪うと、ドアを施錠してしまった。手際が見事すぎて恐いのだよ。
 一方的な展開に思わず眉を顰めたオレに対し、赤司はにっこりと不敵に笑った。
「オレの言うことは?」
「……ゼッターイなのだよ」
 赤司の懐かしくも有無を言わせない傍若無人っぷりに、眩暈がしそうだ。オレは肩をがっくり落とすしかなかった。


* * *


 強引に連れ出されてしまい、道すがら文句を零しながら赤司に付いていく。けれども赤司はオレの小言ですら、楽しそうに聞き流している。しかもポケットからおしるこ缶を取り出して渡してきたのは、オレの口を塞ぐための計画的犯行だと睨んでいる。実際口数は減ったが、おしるこ一つでほだされたわけでは決してない。
 どこへ連れて行かれるかわからなかったので、せめて高尾に一言でも連絡をしておきたかったのだが、コンビニにちょっとでかける程度のつもりでいたから、生憎と携帯はコンセントに繋がって充電されたままだ。オレはちっと舌打ちをした。赤司と二人で出かけることに疚しいことなど何もないのだが、こと高尾はオレが誰と出かけるのかを言わないでいると、少しばかり機嫌を損ねてしまうのだ。何となく気もそぞろになってしまうのだが、こうなった赤司は聞く耳を持ってくれない。もはや腹を括るしかない。
 電車を乗り継ぐこと約30分。到着した駅で、オレは赤司の意図を理解する。
「おい、赤司」
「流石にそろそろ目的地はわかったんじゃないのかな」
「……美術館か」
「ご明察。丁度、今日が特別展の最終日だったなと思ってね」
 付き合ってくれないかと、赤司は何事もないように言う。ここまで来て、今更付き合ってくれもへったくれもないのだよ、この野郎。オレは内心毒づいた。
「それとも、もう見てしまったかい?」
「いや、まだだ。オレも、今日行こうかどうか悩んでいたのだよ」
「それはタイミングが良かった」
「最初から言ってくれればよかったものを。全く、一体どこに連れて行かれるかと、冷や冷やしていたのだよ」
「教えてしまったら、真太郎が驚かなくて面白くないだろう?」
 オレが呆れてため息をつけば、赤司はしたりと瞳を満足げに細めた。
 改札を出て、人でごった返す道を赤司と並んで歩いていく。時折連絡を取っているとはいえ、赤司と会うのは夏休み以来だったから、互いの近況や最近の出来事など、下らないことから大事な報告まで情報を交換していく。赤司との会話は有意義で、楽しい。ただ襲撃から強制連行されたことについては、まだ根に持っておく。
 そうこうしているうちに、目当ての美術館に到着し、チケットを二人分購入した。最終日の土曜ということもあって、館内はそこそこ人で混雑している。
 オレの好きな画家は、風景画の巨匠と呼ばれており、とりわけ晩年の光の画風が素晴らしいのだ。幻想的で透明感あるタッチで、深みのある色彩が描かれている。
 赤司とは美術の好みが似通っているのか、今回の特別展は彼も気になっていたらしい。お互い高校の頃は部活部活で、こういった美術展に足を運ぶ機会になかなか恵まれなかったのだ。
 順路に従い、一点一点をじっくりを観賞する。キャンパスに描かれた風景は、額縁に収められているせいか、まるで窓から外を覗き込んでいる気分になる。
 それなりに人はいたものの、平均よりも高い身長をもつオレたちにとってはさしたる問題ではなかった。
 人ごみから一歩離れたところからゆっくり絵を眺めていると、隣で赤司が微かに雰囲気を和らげた気がした。
「懐かしいね」
「何がだ?」
「昔も、こうしてお前と展示を見に来たなと」
「ああ、そうだな」
 どういういきさつだったかまでは覚えていないが、中学生の時、やはり赤司と一緒に同じ画家の展覧会を見に行った。初めて見る実物の絵画に、吸い込まれてしまいそうな感覚に陥ったことを、今もまだ覚えている。
「この絵」
 目の前にある絵に顎を軽くしゃくって、赤司が笑う。
「真太郎がたいそうお気に召していたな。ずっと惚けて動かないものだから、どうしたものかと思ったよ」
「蒸し返すんじゃないのだよ……」
 バツが悪くなり、オレは俯いてかちゃりと眼鏡のブリッジを押し上げた。オレと赤司の前に飾られているのは、画家の中でも有名な油彩画だ。美術の教科書などで見るより圧倒的に美しく、暴力的なまでに眩い光を描いた絵にいたく感動し、すっかり魅了されたものだ。
「でもやはり今見ると、少し感覚が変わるものなのだな。あの頃より、穏やかな気持ちで絵を見れている気がするのだよ」
「何だか年寄りみたいだぞ、真太郎」
「煩いのだよ……」
 幾星霜の歳月を経て、変わらずに存在し続けるものがある。
 それなのに、不思議と受け取り方も湧き上がってくる感情も移ろう。変わっていくのは、見ている自分の立ち位置だ。
 最初にこれを見た中学の頃、バスケ部は内部崩壊寸前で、それぞれの能力が開花し始め、向かうところ敵なしの状態だった。オレも自分の力を驕っていた部分がなかったとは言わない。己の力一つで、何でもできるものだと思っていた。
 そしてこれを改めて眺めている今、バスケを通してオレは多くの得がたい経験をし、少なからず成長した。何より、高尾という大切なパートナーに出会った。狭かったオレの世界を、高尾が大きく色鮮やかに広げてくれた。
 オレはじいと、眩むような光を描いた絵画に目を眇めて、胸に込み上げて来た感覚を刻み付ける。
 何年後になるかはわからないが、次に展覧会を観賞する機会があった時、果たして自分はどうなっているのだろう。どのようにこの作品を感じるのだろう。少しだけ、それが楽しみでもある気がする。
 赤司には申し訳ないが、やはり高尾と一緒に同じものを見たかった。オレはこっそりとそう思った。
 じっくりと一通り絵を鑑賞し終われば、すっかり昼を回っていた。来るのを迷っていたが、やはり足を運んで良かったと満足できる展示内容だった。
 アートミュージアムで悩んだ末に展覧会カタログを購入し、オレと赤司は空腹を満たすために近隣のレストランに入る。食事を取りながら、今回の観賞の感想を語り合っているうちに、結構な時間が経過していた。
「この後、お前はどうするのだよ?」
「ああ、ちょっと寄りたいところがあってね。駅で手土産を買っていってもいいかな」
 そう言う赤司に付き合い、駅中にある店でオレのオススメするドラ焼きを購入して、共に電車へ乗る。どうやら赤司もオレが帰る方向と同じらしい。15分ほどして、乗り換えの駅に到着したので、では、と赤司に別れの挨拶を告げようとしたところ、何故か赤司も一緒に電車から降りてしまった。
「……赤司もここで乗り換えなのか?」
 怪訝げに問うと、赤司は頷いてにこりと唇を緩めた。共に乗り換え先のホームへと移動すると、タイミングよく電車が入ってくる。赤司はというと、やはりオレの後に続いて車両に乗り込んだ。
 さすがにそこでオレもおかしいと気がつく。
「……赤司。つかぬ事を聞くが、お前が寄りたいところとは、一体どこなのだよ?」
「いやだな、真太郎。お前の部屋に決まっているじゃないか」
 当然のように告げる赤司に、頭痛を覚えそうだった。
「真太郎と、一局打ちたいと思っていたのだが」
「そうしたいのはオレも山々なのだが……高尾に確認をしていないから無理なのだよ」
 同棲とはいえ、二人で折半をし借りている部屋だ。自分一人の部屋というわけではない。そのため部屋に誰かを招く時には、予めお互いの許可を取っておくという不文律があった。高尾の与り知らぬところで他人を勝手に部屋へ上げると、「二人の愛の巣なのに、他の男勝手に上げるとか真ちゃん酷い!」などと喚いて煩いのだ。それで一度大喧嘩になって、痛い目を見たことがある。あいつを拗ねさせると、面倒くさいことこの上ない。
 しかし確認を取ろうにも、高尾はバイトの真っ最中で、連絡がつかない。
 ただでさえ、赤司と美術館に行ったことも未だ伝えられていないのだ。
 どうしたものかとオレが困っていると、赤司は堪えきれず吹き出して、小刻みに肩を震わせた。
「ふふふ。大丈夫、問題ないよ」
「赤司? それはどういう意味なのだよ?」
「そろそろ種明かしをしようか」
「は?」
 オレが目を瞬かせると、それはそれはご機嫌な様子で、赤司が爆弾を投下した。


「今日オレがお前を連れ出したのは、和成に頼まれたからだよ。だからお前との美術館デートも、部屋に上がって対局することも、全て和成からの了承は得ている」


* * *


 ――嫌がらせ代わりに、憎茶でも淹れてやろうか、この野郎。
 そんな気持ちを抑えながら、ぱこんと茶筒を開ける。因みに憎茶とは、なみなみと酌まれた熱い緑茶を客人に出すことを言う。客人は湯呑みが熱くて茶を飲めないことから、相手に対してひっそりと不快感を表現する手段とされている。いわゆる『ぶぶ漬け』と似たようなものだ。
 沸かした湯をまず急須に入れた後、用意した湯呑みに注ぎ分ける。煎茶で利用する湯の適温は80度前後とされている。急須に湯をついで凡そ10度、それを湯飲みにつぐことで更に10度温度が下がり、抽出に適した温度になる上、利用する茶器を温めることも出来る。
 急須に煎茶を投入し、適温まで冷ました湯を急須に戻す。蓋をして、30秒ほど蒸らしてから、オレは湯飲みに深い緑色をした茶を廻し注いだ。
 小皿に手土産でいただいたどら焼きを盛り、お盆に乗せてリビングに行けば、くつろいでいる赤司が、出しておいた将棋盤を使ってネットから落としてきたのか詰将棋を行っている。
「そう怒るなよ、真太郎」
「怒らないでか」
 だまし討ちのような真似をされて、唇をへの字に曲げているオレに、赤司は苦笑を見せた。
 赤司から詳しく話を聞けば、全て高尾の計らいだという。高尾は、オレが美術館に行きたがっているのを察していたらしい。だがオレからの誘いを待っているうちに、どうしてもと懇願されてしまいバイトに出ざるを得ない状態になってしまった。オレ一人で行くのも寂しいだろうと、たまたま上京の予定があった赤司に、時間を作って欲しいと頼んだということだった。絵の良さがてんでわからない自分と行くよりも、赤司と共に観賞する方がきっと楽しいだろうという、ハイスペックな高尾の配慮である。
 オレは赤司の前に、湯呑みとどら焼きを置く。赤司はおや、と目を軽く見開いた。
「それに、和成が真太郎の淹れてくれる紅茶が旨いと、ことあるごとに惚気てくるんだ。一度ご相伴に預かりたいと思うのが、人の性ってものではないかい?」
「高尾ぉぉおお!! あいつは何を吹聴しているのだよ!!」
 ここにはいない人物に、オレは思い切り悪態をついた。あいつが帰って来たら、問い詰めなければならないことが沢山ある。
「和成とは、LINE友達なんだ」
「……赤司と高尾が、そこまで親しかったということ自体が驚きなのだよ」
「何を言っている。高校2年の頃から、既にメル友だったよ」
 いつの間にそんなことになっていたのだよ。全く気づいていなかったオレが鈍いだけなのだろうか。軽くショックを受けていると、追撃とばかりに赤司は悠然と顎下で指を組み、にっこりと顔を綻ばせた。
「全く、二人してオレに恋愛相談メールをしてくるんだ。両方の気持ちを知っているオレとしては、もどかしくてたまらなかったね」
 初めて知らされる赤司の暴露に、オレは頭を抱えた。穴があったら入りたいとはまさにこのことだろう。耳まで赤くなっているのが自分でも分かる。
 暫く降りた沈黙にいたたまれず、オレはごほんと場を誤魔化すように咳払いをする。赤司もこれ以上からかうのは止めてくれたようで、話題を転換してくれた。
「ところで、オレには和成オススメの紅茶を入れてくれないのかい?」
 湯呑みを持った赤司は、少しだけ不服そうに小首を傾げた。
「どら焼きには緑茶だろう」
「餡子に紅茶は合うと、散々力説していたくせに」
 ぶつぶつと文句をこぼす赤司を無視して、オレも湯呑みを手に取り、茶を啜る。香り高く、渋みの薄い茶はオレのお気に入りだ。煎茶はどちらかというと渋みとのバランスを味わうものだが、その中でもこの茶葉は甘みがあり、口当たりのまろやかさが好みだった。
「ん、旨い。これは……鹿児島の茶かな」
「産地を当ててくるお前は、本当に嫌味なのだよ……」
 品種までぴったり指摘されて、オレは口元を引き攣らせた。利き茶までできるとは心底恐れ入る。赤司にわからないことなどないのではないか。そう思わせてしまうところが、赤司が赤司たる所以であろう。
「とても真太郎らしいお茶だ。オレも好きだな」
「……それは褒めているのか?」
「もちろん」
 唇を湿らせて、ほっと一息。湯呑みを戻し、詰め将棋の駒を崩して、互いの陣地に改めて並べていく。
 盤上の駒を滑らせながら、オレと赤司は視線を絡ませ、口角を吊り上げた。
「しかしオレの本命は紅茶でね。では、将棋でオレがお前に勝ったら、紅茶を淹れてもらうことにしよう」
「望むところなのだよ。今日こそお前に勝つ!」


 ……結論から言えば、オレは今回も赤司に勝つことができず、何度目になるのかわからない負けを記した。潔く、赤司のリクエストに応えた紅茶を淹れてやったのだよ。


* * *


「たっだいまなのだよー!」
 赤司が帰宅してから1時間ほどで、高尾が帰宅した。
 オレが腕を組み仁王立ちをして待ち構えていると、リビングへと入ってきた高尾は驚いて一瞬びくりと肩を跳ね上げさせた。無言で睨みつけるオレに対し、高尾はへらりと笑みを浮かべる。
「しーんちゃん」
「……お帰り」
「ただいま。なあ、怒ってる?」
「呆れているのだよ」
 無邪気に微笑む高尾に毒気を抜かれて、オレはため息をつくと腕組みを解いた。
 高尾は上着を脱いでソファに放ると、立ち尽くしているオレの傍に寄って手を取った。ぎゅうと重ねられた掌は、外が寒かったせいなのか、ひんやりとしている。
「だってさあー。オレ、絵とかよくわかんないし……。赤司と行って、楽しかっただろ?」
「確かに、赤司との観賞は有意義だったのだよ。だが、それでも」
 自嘲気味に肩を竦める高尾を、眉をきゅっと顰めて見つめる。少しだけ気恥ずかしくなって、言葉が途切れる。高尾は静かに、じっとオレの言葉の続きを待っていてくれた。
「……それでも、やっぱりお前と行きたかったと思ってしまったのだよ、バカめ」
「真ちゃん……!」
「オレもお前を誘うことに、人事を尽くせなかったからな……。気を遣わせてすまなかった」
 高尾がオレの腰に手を回して、ぎゅーと抱きついてくる。ぐりぐりと額を胸に押し付けてくるので、俺も高尾の背に腕を回した。
「ごめんな! 本当言うとさ、バイトが入らなかったら、一緒に行きたかったんだよ!」
「そうか。美術館など興味ないと言われなくて、ほっとしたのだよ」
「ただ、オレと一緒に行っても、真ちゃんがつまんないかもしんないって、尻込みしちゃって……」
「いいのだよ。オレも美術館に誘って、高尾に楽しんでもらえるのだろうかと悩んでいたからな。けど、やっぱりオレはお前と一緒に、色々なものを見たいのだよ」
「次はぜってー一緒に行くから! 真ちゃんが見てるもの、オレも知りたいからさ」
 約束! そう言って嬉しそうに顔を上げた高尾は、小指を指し出してきた。一瞬、意味がわからなくて、きょとんと目を瞬かせる。何だか懐かしい。オレも指を絡めて、約束を交わす。指が離れたのを見て、オレたちは小さく笑いあった。
「美術館で、カタログを買ってきたのだよ。実物とは全く迫力が違うが、夕飯を食べたら茶を飲みながら……その、一緒に見ないか」
「……おう! よっしゃ、じゃあちゃっちゃと夕飯、つくっちゃるぜ!」
 回した腕を解いて、高尾は意気揚々と腕まくりをしてキッチンへと向かう。
 オレの好きな画家の絵を、高尾に見てもらうのが楽しみだ。高尾は、あの絵をどのように感じるのだろうか。気に入ってくれるだろうか。
 オレはそんな気持ちに密かに心を躍らせながら、カタログを見る時に出すお茶は何にしようかと算段を始めたのだった。

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